2025年06月01日

松本清張の「菊池寛の文学」

 これは松本清張が文藝春秋で行った講演の記録である。活字で文章を読むのと、肉声を聞くのとでは、心に感じられるものが大きく異なる。書物では分からない、人間性が伝わってくるからである。
 松本清張は菊池寛の文学形成に関して、二つの要素を挙げている。一つは貧しい家で育ったこと、もう一つは醜男であったことだというのである。教科書も買えなかったことで、読んだ本をすっかり覚えてしまうほど、暗記力に優れるようになった。知人の好意で学費を出してもらい、その有り難さを身に染みて感じていた。「醜男だから人から可愛がられるように」と母に言われたトルストイの体験が、菊池寛には他人事とは思えなかったらしい。だからこそ、人の情けを深く知るようになったというのである。
 菊池寛は第一高等学校をやめ、京都大学に入学した。東京大学に進んだ芥川龍之介や久米正雄から、『新思潮』の同人になるように勧められたことが、作家となるきっかけとなった。それを有り難く感じたからこそ、若い人たちに作品発表の場を提供するために、『文藝春秋』という雑誌を創刊したのだという。
 夏目漱石や芥川龍之介は書斎派で、書物を読んだ知識や、機知、パラドックスで人気を博したのに対して、菊池寛の場合には、人生経験の裏付けがあったという。親友から「菊池の英語は大したことはない」と陰口を言われたことを、自然主義の作家のようにそのまま書くのではなく、徳川家康の孫でありながら、人間不信に陥って乱行に走り、改易された松平忠直に重ね合わせて「忠直卿行状記」を書いた。
 批評家は菊池寛が歴史をひっくり返して小説を書いたと批判するが、歴史の文書に書かれた表面から、裏側を洞察したものが菊池寛の歴史小説だと、松本清張は喝破する。つまり、菊池寛の小説には、人生経験の裏づけがあるからこそ、本当の価値があるというのである。
 人口に膾炙したような作品こそが、後の世になっても人々に読まれる。そのような小説を一つ書かなければならないと、菊池寛は述べていたという。松本清張によれば、それは夏目漱石の場合「こころ」ではなく「坊っちゃん」だという。森鴎外の場合は、一部のファンには「阿部一族」や「高瀬舟」は読まれていくだろうが、「坊っちゃん」のような作品は残せなかったという。


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2025年05月28日

鶴ヶ城とさざえ堂(2)

 巡回バスのあかべぇに乗ることにした。小型のバスで、立っている人もいる。時間の節約のために、入場する施設のうち、最も遠い鶴ヶ城を目指した。
 鶴ヶ城は平城である。和歌山城や松山城は山城なのに、どうして鶴ヶ城が平地にあるのかと、友人に尋ねられた。「平地にあるので、(戊辰戦争で)攻められたんだろう」と。
 築城されたのは室町時代で、当時は館のようなものだったらしい。伊達政宗が支配した後、豊臣政権下で蒲生氏郷が城主となり、初めて天守閣が築かれた。会津藩の初代藩主保科正之は、三代将軍徳川家光の異母弟だったので、攻め入られることを想定していなかったのかもしれない。
 新政府軍に砲撃されて、天主閣の壁が崩れかかった。補修するのは地元の負担だと言われ、明治七年に石垣以外は解体されてしまった。現在の鶴ヶ城は一九六五年に再建されたもので、内部は博物館になっている。(つづく)


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2025年05月26日

鶴ヶ城とさざえ堂(1)

 裏磐梯のホテルに戻ると、まとめた荷物を背負ってチェックアウトした。ホテルが準備した送迎バスで、磐越西線の猪苗代駅に向かった。十一時五十八分の会津若松行きが来た。昨日猪苗代駅に着いたのと同じ時刻の列車だったので、友人は「元に戻ったようなものだ」と言った。
「でも、あの時からいろいろ経験したね」
 列車はしばらく直線に走っていく。左方に一瞬猪苗代湖の湖面が見えた。日本第四の広さで、冬は白鳥が飛来する。それを聞いて、友人もまた来たくなったらしい。
 会津若松駅で磐越西線はスイッチバックするのだが、この列車は会津若松止まりだった。駅に着いたら午後一時近かった。バスの一日乗車券と、鶴ヶ城、さざえ堂、会津武家屋敷の入場券がついたチケットを買った。二千円だった。(つづく)


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