2019年06月19日

ぼくがダライラマ?(74)

        十
   
 ある夜、ぼくは摂政から呼び出しを受けた。ランプを手にした侍従に先導され、夜の白宮の階段を下りていく。今自分は何階にいるのか。すでに地上に出られるはずだが、侍従はまだ段を下っていく。そもそも、この巨大な宮殿に部屋がいくつあるのか、それが地下まで続いているのかも分からない。この先にあると考えられるのは、死ぬまで幽閉しておく地下牢か。
 靴音は止まった。侍従が重い戸を開くと、バターの焦げる匂いとともに、かび臭さも漂ってくる。二脚向かい合った先に、摂政サンゲ・ギャツォが座っていた。無言のまま、摂政が目で合図を送ると、侍従は戸をきしらせて退出した。
 左右に掲げられたバターの灯が、摂政の眉間に刻まれた皺や、見開かれた眼、白髪交じりのひげまで、くっまり描き出している。耐えきれなくなって、口を切ろうとしたときだ。
「何か言いたいことがあるのだろう? ないのか。ならば言わせてもらおう」(つづく)


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2019年05月29日

ぼくがダライラマ?(73)

 また会いたいと言うと、女は素っ頓狂な笑い声を上げた。こちらが呆気にとられていると、ますます調子に乗った。
「女を買いにくる観音さまってわけね。でも、明日の晩には、他の仏さまと床を共にしてると思うわ。隔てがあってはならないのよ。すべての女に情けをかけよっていうのも、御仏の有難い教えなんじゃないの?」
 ぼくはますます気に入って、女の腰を抱き寄せると、脇腹を密着させた。この女はこちらの本性を見抜いている。ぼくは箍(たが)が外れてしまったのだ。魔物に取り憑かれたかのように、ラサの街を徘徊する自分が見える気がした。
「図星でしょ」
 女は慣れた手つきで、ぼくの肩に手を回した。夜が白みつつあるのを忘れて、欲望の任すまま、二匹の蛇のように求め合った。ふしだらを信条とするこの女に、ひたむきな美しさを感じた。その後、何回かこの女と情交を重ね、互いに関心が薄れると別れた。ぼくは記憶にとどめるために、一篇の詩を書いた。

 馴染みとなったこの女は
 狼の血を引く生まれだ
 肉と肌に満たされるや
 丘に向かって駆けていく

(つづく)


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2019年05月07日

ぼくがダライラマ?(72)

 ぼくは盃を口にした。舌が焼けるように強い。これはチベットのチャン(どぶろく)ではない。清の白酒だろう。すぐに意識が朦朧としてきた。すると、奥からまだあどけなさが残る少女が、テーブルの隣の席に座った。薄化粧をして、唇には紅をさしている。つややかな髪からは、ほのかに伽羅の香りが漂った。女はテーブルの下で、ぼくの手を握った。
 摂政の娘の顔が浮かんだが、すぐに目の前の少女しか見えなくなった。ぼくが握り返すと、女は立ち上がり、ビロードの幕で仕切られた奥の部屋へ誘った。立ち上がって従者の顔を見ると、黙ってうなずいた。すべてはお膳立てされていたというわけか。引かれるままに奥に入ると、寝台と小さな机があり、バターの灯が揺らめいている。
 少女は寝台にぼくを座らせると、ほの明るい部屋の中で衣をはがしていった。乳房が顔をのぞかせた。腰の帯を外すと、生まれたままの姿になった。たまらなくなって、ぼくも裸になり、床の中に入った。
 事が終わっても、女はぼくの体にしがみついている。そんなに良かったのだろうか。ということは、生娘ではなかったというわけか。
「君はぼくが誰だと思う?」
「観音さまの化身でしょ。私は貴い方と交わって、悟りを得たいと思ってるの」
「それは良かった。ぼくは、ダライラマだよ」
「まさか!」(つづく)


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