2024年04月11日

異民族や異教徒との共存について

 欧米では異文化や異教徒との対立が高まっている。日本人の感覚では、「郷に入ったら郷に従え」で、その国の文化を尊重し、習慣を守ろうとする。ところが、外国人の一部は、日本に来ても文化を尊重するどころか、日本人に不快感を与えても、全く気に留めようとしない。
 日本人は我慢する。我慢するということは、外国では弱者だととらえられる。弱い者は徹底的に叩けばいいということになってしまう。日本人はただ、無用な対立は避けたいだけなのに。それがいつまでも続くと、日本人の堪忍袋の緒も切れてしまい、暴力沙汰に発展しかねない。
 情けは人の為ならずという言葉は、人に親切にすると、自分にもいいことがあるということわざで、これは仏教の「因果応報」に由来する考えである。人間には業=カルマがあって、善行を行っていれば、人は幸せになり、他人を傷つければ、いつかは自分が不幸になるということである。
 これは仏教に由来する言葉ではあるが、キリスト教徒やイスラム教徒も、理解する価値があると思う。これを英語に訳すと、retributionになってしまう。意味は神による天罰である。これでは異教徒を迫害しても、神さまがほめてくれるという狂信者が現れかねない。
 因果応報は仏教の教義だが、人間が持つべき普遍的なモラルでもある。他人を幸せにすれば、他人から親切にしてもらえる。他人を傷つければ自分が不幸になる。これは宗教を越えた宇宙の原理のようなものだ。

 Conflicts with other cultures and different religions are increasing in Europe and America. Japanese people think, '' When in Rome,do as the Romans do,'' and they respect the culture of that country and try to protect its customs. However, some foreigners who come to Japan far from respecting the culture, do not care at all even if they make Japanese people uncomfortable. Japanese people are patient. Being patient is seen as being weak in other countries. It turns out that the weak ones just need to be beaten down thoroughly. Japanese people just want to avoid unnecessary conflicts. If this continues indefinitely, the patience of the Japanese people will run out, and violence may develop.
 The saying, "Being kind to others is not something you do for others," means that if you are kind to others, something good will happen to you as well, and this idea originates from the Buddhist concept of ''karma and retribution.'' Human beings have karma; doing good deeds will make you happy, and hurting others will eventually make you unhappy.
Although this word originates from Buddhism, I think it is worth understanding for Christians and Muslims as well. When this idea is translated into English, it becomes retribution. The meaning is divine punishment from God. This could lead to the emergence of fanatics who believe that God will praise them even if they persecute infidels.
 Although the Japanese way of thinking originates from Buddhist doctrine, it is also a universal moral that humans should have. If you make others happy, others will treat you kindly. If you hurt others, you will be unhappy. This is like a cosmic principle that transcends religion.

 Les conflits avec d’autres cultures et différentes religions se multiplient en Europe et en Amérique. Les Japonais pensent : ≪ Quand vous êtes à Rome, faites comme les Romains ≫, ils respectent la culture de ce pays et essaient de protéger ses coutumes. Cependant, certains étrangers qui viennent au Japon, loin de respecter la culture, s'en moquent même s'ils mettent les Japonais mal à l'aise. Les Japonais sont patients. Dans d’autres pays, la patience est considérée comme un signe de faiblesse. Il s’avère que les plus faibles ont juste besoin d’être battus à fond. Les Japonais veulent juste éviter les conflits inutiles. Si cela continue indéfiniment, la patience du peuple japonais s’épuisera et la violence pourrait se développer.
Le dicton ≪ Être gentil avec les autres n'est pas quelque chose que l'on fait pour les autres ≫ signifie que si vous êtes gentil avec les autres, quelque chose de bien vous arrivera également, et cette idée provient du concept bouddhiste de ≪ karma et rétribution ≫. '' Les êtres humains ont du karma ; faire de bonnes actions vous rendra heureux, et blesser les autres finira par vous rendre malheureux.
 Bien que ce mot provienne du bouddhisme, je pense qu’il vaut la peine d’être compris aussi bien par les chrétiens que par les musulmans. Lorsque cette idée est traduite en anglais, elle devient une rétribution. Le sens est une punition divine de la part de Dieu. Cela pourrait conduire à l’émergence de fanatiques qui croient que Dieu les louera même s’ils persécutent les infidèles.
 Bien que la façon de penser japonaise trouve son origine dans la doctrine bouddhiste, elle constitue également une morale universelle que les humains devraient avoir. Si vous rendez les autres heureux, les autres vous traiteront avec gentillesse. Si vous blessez les autres, vous serez malheureux. C'est comme un principe cosmique qui transcende la religion.

 在欧洲和美国,与其他文化和不同宗教的冲突正在揄チ。日本人认为,“入乡随俗”,他们尊重该国的文化并尽力保护其习俗。然而,一些来到日本的外国人根本不尊重文化,即使让日本人感到不舒服也根本不在乎。日本人很有耐心。在其他国家,耐心被视为软弱。原来,弱者就需要彻底打倒。日本人只是想避免不必要的冲突。如果这种情况无限期地持续下去,日本人民的耐心就会耗尽,暴力可能会发展。
 “善待别人,不是为别人做的事”,意思是说,你善待别人,自己也会得到好处,这一思想源于佛教的“业报”观念。 ” 人有业力;做好事会让你快乐,伤害别人最终会让你不快乐。
 虽然这个词源自佛教,但我认为基督徒和穆斯林也值得理解。当这个想法翻译成英语时,它就变成了报应。意思是来自上帝的神圣惩罚。这可能会导致狂热分子的出现,他们相信即使他们迫害异教徒,上帝也会赞美他们。
日本人的思维方式虽然源于佛教教义,但也是人类应有的普遍道コ。如果你让别人快乐,别人就会善待你。如果你伤害了别人,你就会不快乐。这就像超越宗教的宇宙法则。


「青空文庫」の作家、高野敦志の世界
https://podcasts.apple.com/jp/podcast/qing-kong-wen-ku-no-zuo-jia/id504177440?l=en

Twitter
https://twitter.com/lebleudeciel38

Telegram
https://t.me/takanoatsushi

GETTR
https://gettr.com/user/takanoatsushi

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村



人気ブログランキングへ







ランキングはこちらをクリック!


Twitter、facebookでの拡散、よろしくお願い致します!
posted by 高野敦志 at 00:18| Comment(0) | 宗教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2024年04月10日

カルロ・ロヴェッリの『時間は存在しない』

 物理学者の立場から、時間とは何かを考察した本である。素粒子の方程式を見る限り、過去と未来を区別することはできない。にもかかわらず、過去と未来が感じられるのはなぜか。それは過去の方がエントロピー(乱雑さ)が低く、エントロピーが増大することで、時の流れが感じられるようになるというのである。これは宇宙の始まりとされるビッグバン以降のことを念頭に置いているのだろう。因果関係もエントロピーの低い状態から、高い状態への変化と考えることもできる。
 量子のレベルでは、物は粒子であると同時に波動でもある。そこまで細かく見ると、すべての存在はぼやけてしまう。それを動いている状態でとらえることができないからである。そうしたミクロのレベルでは、人間は対象を把握することはできない。自分にとって意味があるものとして、大まかにとらえているに過ぎないのである。
 では、現象をとらえている自分には、実体はあるのだろうか。量子レベルで明らかなように、固有の実体は存在せず、出来事が発生しているに過ぎない。自分という意識も、友達や愛する人、敵対する人々によって映し出されたものに過ぎず、それが自意識として感じられるのも、記憶があるからである。
 死に向かってエントロピーが増大する過程を、情報として保存しているからこそ、自意識と時間が感じられるのであり、肉体の死とともに、他人から映し出されるイメージや、記憶を保存する脳が失われれば、意識もその人間にとっての時間も消えるということなのだろう。現象には実体がないという仏教の立場と、物理学者の出した結論は近い。


「青空文庫」の作家、高野敦志の世界
https://podcasts.apple.com/jp/podcast/qing-kong-wen-ku-no-zuo-jia/id504177440?l=en

Twitter
https://twitter.com/lebleudeciel38

Telegram
https://t.me/takanoatsushi

GETTR
https://gettr.com/user/takanoatsushi

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村



人気ブログランキングへ







ランキングはこちらをクリック!


Twitter、facebookでの拡散、よろしくお願い致します!
posted by 高野敦志 at 02:32| Comment(0) | 宗教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2024年03月29日

小野清秀の『不動尊霊験祈祷法』

 小野清秀には『加持祈祷秘密大全』という本がある。真言秘密の巻、神仙霊蔵の巻、神法秘訣の巻から成る。秘密仏教、神仙道、神道の祈祷法に関する百科事典であり、一般に知られていない秘法の概要を知るには、不可欠というべき書物である。
 今回紹介する『不動尊霊験祈祷法』は、加持祈祷の中で、特に不動明王について詳述している。本来は真言密教、天台密教、修験道の行者向けに書かれたもので、儀礼に関して事細かに説明している。
 護摩と言えば、不動明王というぐらい、日本人には親しまれている。大日如来が難伏の者を仏道に入らしむるために、忿怒尊の姿で現れたものとされる。梵語では、アチャラといい、一説によれば、シバ神が仏教化したものとも言われる。ただ、インドや中国などでは、日本におけるほど、信仰を集めたわけではない。「弱きを助け強きをくじく」仏として、日本では深く信仰されている。真言宗、天台宗の密教寺院の本尊は、多くが不動明王である。また、日蓮宗の大曼荼羅にも、不動明王と愛染明王の種子(梵字)が描かれている。
 小野清秀の『不動尊霊験祈祷法』には、加持祈祷の法式、護摩法のほか、不動明王に従う八大童子、在家における祈念法、「不動経」、不動金縛り秘法などについて述べられている。
 特に、敵と戦うための金縛り秘法については、詳細な説明がなされている。これは道教の九字と結びつき、敵を倒す護身術として広く知られた。武術の気合や禅僧の一喝も、修錬を経た者の精神力で、相手を圧倒するという点で、不動金縛り法や九字と深いつながりがある。
 仏教と敵を倒す護身術がなぜ結びつくのか、現代人には理解しにくいだろうが、少林寺拳法が禅寺から広まったり、剣禅一如が説かれたりするなど、精神修養の点からすれば、仏教と護身術は通底するところがあるのだ。


「青空文庫」の作家、高野敦志の世界
https://podcasts.apple.com/jp/podcast/qing-kong-wen-ku-no-zuo-jia/id504177440?l=en

Twitter
https://twitter.com/lebleudeciel38

Telegram
https://t.me/takanoatsushi

GETTR
https://gettr.com/user/takanoatsushi

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村



人気ブログランキングへ







ランキングはこちらをクリック!


Twitter、facebookでの拡散、よろしくお願い致します!
posted by 高野敦志 at 02:07| Comment(0) | 宗教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする