藤田先生の引用研究の特徴は、例えば「おはようと言った」のような通常の引用構文と、「おはようと入ってきた」のような、引用の直後に、身体行為の述語が来る引用構文を区別した点である。
従来の研究では、「おはようと入ってきた」という文は、「おはようと言って入ってきた」という文の(言って)の部分を省略したものと解釈されていたが、藤田先生の学説は、省略したという通説を否定した点に、大きな特徴があった。
藤田先生の他の研究への批判は、「時計の針を逆回りさせる」といった厳しい語調を伴った。藤田先生を早稲田大学にお呼びすると松木先生がおっしゃったときは、どんな怖い先生なのかと緊張したのだが、現れた藤田先生は「愛読者の皆様」と、剽軽な口振りで挨拶された。
藤田先生は当時、滋賀大学で教鞭を執られており、文法研究のかたわら、随筆の執筆にも熱を入れられていた。「それが私のもう一つの側面だ」ともおっしゃっていた。学生たちとの会話も和やかに進み、握手までしてしまったので、松木先生は「藤田さんと高野さんが意気投合していた」と笑っておられた。
その反面、滋賀大学での学生指導の話の時には「あいつは見込みがあると思っているんだ」と、教え子を激励されているのも分かり、教育者としての熱の入れようがうかがえた。
ただ、お酒をよく召し上がっていたようで、深夜に帰宅されることも多いらしく、無理を重ねておられるのではないかということが気にかかった。
藤田保幸先生は、2019年に胆管癌のため、ちょうど還暦の年に急死された。研究生活と教育に熱中するあまり、お体の異変に気づくのが遅れたのかもしれない。訃報を新聞で見たときに、まず感じたのはそのことだった。
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