2025年02月06日

映画「八犬伝」について

 小学生の頃、NHKで「新八犬伝」という人形劇をやっていた。「八犬伝」を知ったのはその時が最初で、その後現代語訳で読んだ。
 2024年秋に封切られた映画「八犬伝」は、山田風太郎の原作を曽利文彦監督が映画化した物。曲亭馬琴を役所広司、葛飾北斎を内野聖陽、馬琴の妻お百を寺島しのぶが演じた。
 八犬伝を書いた馬琴に、浮世絵の北斎を友人として対置させ、その上、「東海道四谷怪談」の鶴屋南北、洋学者で画家の渡辺崋山まで登場させたのが「実」の世界。八犬伝の伏姫と八剣士、里見家存亡の危機を描いた『南総里見八犬伝』のストーリーを、CGを使って派手に表現したのが「虚」の世界。両者を対照させつつ、最後に合一させている。
 それに加え、不条理な現実だからこそ、勧善懲悪の世界が必要だとする馬琴と、悪が跋扈するのが現実だとする鶴屋南北の対立も生きている。現実の馬琴は、悪妻お百の罵詈雑言に悩まされ、息子の宗伯には先立たれ、「八犬伝」の執筆中に失明する。嫁のお路の口述筆記で、二十八年かけて巨編を完成させる。不幸が続いた馬琴の一生を顧みると、勧善懲悪なんて絵空事のようだが、それを楽しみにした多数の読者に応えて、苦難を越えて物語を完結させたことで、「虚」を「実」に変えたとも言える。
 リアリズムの馬琴の世界と、ファンタジーの「八犬伝」を組み合わせたことで、文学における「虚」と「実」の問題に深く切り込んでいる。こうした複雑な世界をわずか二時間半にまとめ上げられたのは、映画という媒体だからである。これを文字だけで表現するとなると、大長編の規模と緻密な表現が要求される。
 登場人物のうち、女性で最も演技が素晴らしかったのは、お百を演じた寺島しのぶである。よくもまあ、こんな悪態をつく老婆に化けたもんだと、圧倒させられた。
 ちなみに、松本清張が文豪の妻は悪妻だという説を述べている。清張は夏目漱石の妻鏡子と森鴎外の妻志げを例に挙げていたが、馬琴の妻お百も典型的な悪妻である。

 映画「八犬伝」はAmazon prime videoで公開されている。


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2025年02月02日

石原慎太郎の「ヨットと少年」

 幼くして母を失った少年は、ヨットに憧れを抱いていた。ヒギンズ夫妻に可愛がられた少年は、夫妻のヨットに乗せてもらい、ヨットレースに参加した。少年にとっては、ヨットは亡き母、もしくはまだ見ぬ恋人の象徴だった。
 自分のヨットが持ちたいという想いで、お金をごまかしたり、他の生徒から巻き上げたりした。ヨットは少年にとっては、祈りの対象のような物で、ヨットのためならいかなるイカサマも許される気がした。
 ある日、少年は春子という娼婦と夜を共にする。それは女という物を知らなかった少年には、初恋のような対象だった。ヒギンズ氏の計らいで、中古のヨットを手に入れた少年は、春子をヨットに乗せる。それはヨットと恋人を同時に我が物にした至福の時だった。
 しかし、娼婦である春子は、少年と馴染みになる以前に、多くの男たちの慰み者だったのである。その話を聞いた少年は、ヨットという神聖な存在を、男たちに穢された屈辱を味わう。彼らが乗りこむヨットに細工を施し、荒波で転覆するように仕組んだのである。もくろみ通りヨットは遭難した恐れが強まった。ところが、親友の時次が乗りこんでいたことを知り、死を求めるかのように、自身のヨットで荒海にこぎ出す。
 少年はヨットのためなら、非道なことでも何でもやらかすが、ヨットを愛する気持ちでは、他の誰よりも純粋だった。親友を遭難に巻き込んだことを知ると、何も顧みずに助けに向かった。犬死に終わることも恐れずに、ヨットをこぎ出さずにはいられなかった。その純粋さこそがこの小説の魅力であり、成人すればほとんどの若者が失ってしまうものである。短編集『太陽の季節』に収められた小説の中で、この作品が最も美しく感じられた。


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2025年01月23日

石原慎太郎の「灰色の教室」

 主人公義久が通う高校は、半ば学級崩壊している。生徒たちは勉強などする気はなく、教師もお座なりの教え方をしている。授業中だというのに、遊んだり弁当を食べたりしている。
 あるとき、クラスメートの嘉津彦が自殺未遂をする。生きることが死ぬほど退屈で、そのために睡眠薬による自殺を繰り返す。一方、義久は女遊びを続けるうちに、年上の女性美知子との間に、肉欲ではないものを見出す。エネルギーが有り余って、それを何に向けたらいいか分からず、女性を性のはけ口としか思っていなかったのが、子供ができたことで、義久の意識にも変化が現れる。
 物語は嘉津彦が三度目の自殺未遂に失敗し、死の恐怖を味わったことで、生きたいと思うようになり、美知子との子を堕胎させようとしていた義久も、結婚して子供を育てることを考えるようになる。エネルギーを何に注ぐべきか分からず、非行に走っていた義久と、生きる意味を見出せず、退屈な余り自殺未遂を繰り返していた嘉津彦が、ようやく大人への第一歩を踏み出すところで、物語は終わると思った。
 しかし、予定調和的な終わり方を、作者は好まなかった。美知子が階段を踏み外し、胎児を流産させたことで、義久は父親にはなれなかった。義久が美知子を哀れに思い、愛情を深めていくのか、胎児が死んだことで美知子と別れるのか、結末が分からぬまま、読者は闇に投げ出される。想像力が働くスペースとしての闇に。


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