2024年秋に封切られた映画「八犬伝」は、山田風太郎の原作を曽利文彦監督が映画化した物。曲亭馬琴を役所広司、葛飾北斎を内野聖陽、馬琴の妻お百を寺島しのぶが演じた。
八犬伝を書いた馬琴に、浮世絵の北斎を友人として対置させ、その上、「東海道四谷怪談」の鶴屋南北、洋学者で画家の渡辺崋山まで登場させたのが「実」の世界。八犬伝の伏姫と八剣士、里見家存亡の危機を描いた『南総里見八犬伝』のストーリーを、CGを使って派手に表現したのが「虚」の世界。両者を対照させつつ、最後に合一させている。
それに加え、不条理な現実だからこそ、勧善懲悪の世界が必要だとする馬琴と、悪が跋扈するのが現実だとする鶴屋南北の対立も生きている。現実の馬琴は、悪妻お百の罵詈雑言に悩まされ、息子の宗伯には先立たれ、「八犬伝」の執筆中に失明する。嫁のお路の口述筆記で、二十八年かけて巨編を完成させる。不幸が続いた馬琴の一生を顧みると、勧善懲悪なんて絵空事のようだが、それを楽しみにした多数の読者に応えて、苦難を越えて物語を完結させたことで、「虚」を「実」に変えたとも言える。
リアリズムの馬琴の世界と、ファンタジーの「八犬伝」を組み合わせたことで、文学における「虚」と「実」の問題に深く切り込んでいる。こうした複雑な世界をわずか二時間半にまとめ上げられたのは、映画という媒体だからである。これを文字だけで表現するとなると、大長編の規模と緻密な表現が要求される。
登場人物のうち、女性で最も演技が素晴らしかったのは、お百を演じた寺島しのぶである。よくもまあ、こんな悪態をつく老婆に化けたもんだと、圧倒させられた。
ちなみに、松本清張が文豪の妻は悪妻だという説を述べている。清張は夏目漱石の妻鏡子と森鴎外の妻志げを例に挙げていたが、馬琴の妻お百も典型的な悪妻である。
映画「八犬伝」はAmazon prime videoで公開されている。
「青空文庫」の作家、高野敦志の世界
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