2013年10月13日

連体止め・体言止め・言いさし(2)

 春はあけぼの。やうやう白くなりゆく山際、少しあかりて、紫だちたる雲の細くたなびきたる。

 これは清少納言の『枕草子』の冒頭だが、現代語の「ている」に相当する助動詞「たり」は、係助詞がないのに連体形になっている。連体止めが余韻をもたらすということで頻用されたため、古典文法の連体形は現代語の終止形に変化した。動詞「す」の連体形「する」が現代語の動詞「する」の終止形に、動詞「来(く)」の連体形「来る」が、現代語の動詞「来る」の終止形になった。
 現代語の動詞活用表を見れば分かるように、現代の日本語では「終止形」と「連体形」が同じ形になっているが、これは古典文法における動詞の「連体形」が現代語の「終止形」に変わったことが関係しているのである。
 やたらに「連体止め」を用いたために、動詞の活用が変化してしまい、連体止めで余韻を生むという用法は廃れてしまった。現代語の動詞を連体止めにしようとしても、連体形が終止形と同型であるために、終止形にしか見えないのである。(つづく)


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posted by 高野敦志 at 02:35| Comment(1) | 日本語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ポコチン
Posted by おじさん構文 at 2025年09月19日 10:57
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