これは清少納言の『枕草子』の冒頭だが、現代語の「ている」に相当する助動詞「たり」は、係助詞がないのに連体形になっている。連体止めが余韻をもたらすということで頻用されたため、古典文法の連体形は現代語の終止形に変化した。動詞「す」の連体形「する」が現代語の動詞「する」の終止形に、動詞「来(く)」の連体形「来る」が、現代語の動詞「来る」の終止形になった。
現代語の動詞活用表を見れば分かるように、現代の日本語では「終止形」と「連体形」が同じ形になっているが、これは古典文法における動詞の「連体形」が現代語の「終止形」に変わったことが関係しているのである。
やたらに「連体止め」を用いたために、動詞の活用が変化してしまい、連体止めで余韻を生むという用法は廃れてしまった。現代語の動詞を連体止めにしようとしても、連体形が終止形と同型であるために、終止形にしか見えないのである。(つづく)
「青空文庫」の作家、高野敦志の世界
http://itunes.apple.com/jp/podcast/qing-kong-wen-ku-no-zuo-jia/id504177440?l=en
https://twitter.com/lebleudeciel38
にほんブログ村
人気ブログランキングへ
ランキングはこちらをクリック!

