僕がまだ若かった頃、仏文学のゼミで、詩人の窪田般彌先生が、翻訳のこつの一つは類語辞典を使うことだとおっしゃった。類語辞典の存在を知ったのは、その時が最初だった。それからはもっぱら『角川類語新辞典』の世話になっている。正確に言うと、改訂版である『類語国語辞典』から使い始めたのが、電子化されてこそ類語辞典は本領を発揮する。言葉がどんどんわき上がってくる最中に、紙の辞書をゆっくり引いている暇はないからである。後者の方が語彙数が多いということなので、本来電子化すべきだったのは『類語国語辞典』だったと思うのだが。とはいえ、前者も多義語がきちんと分類され、語義ごとに類語が説明されている点では、最も信頼できる類語辞典だと思う。パソコンの日本語入力にはATOKを使っているが、前者を組み込んだ連想変換は、書くために考えられた知恵と技術の結晶である。
ところで、類語辞典は英語からの外来語で、シソーラスとも呼ばれている。『Super日本語大辞典』には、小規模ながらシソーラスもついている。これは類語を並べただけで語釈が付いていない。今一番欲しいのは、『日本語大シソーラス』で類語の多さでは、他の辞典の追随を許さないだろう。ただし、こちらにも語釈は付いていない。普通は困らないだろうし、他の辞典と連携して使っていれば、意味を調べる手間は気にならない。
今述べてきたのは、あくまでも文章を書く際の問題だが、外国人に類語の微妙な違いを説明するのには、もっと文法や用法の違いを説明した辞典が欲しくなる。それには、『類義語使い分け辞典』などが便利である。