2024年03月21日

森鷗外の「雁」について

 高利貸末造の妾になったお玉が、東大生の岡田に片思いするという物語である。鳥籠に入った蛇を退治してもらったことで、お玉の岡田への思いは深まる。いい生活をさせてもらっていても、妾奉公しているお玉は、鳥籠に閉じこめられた小鳥である。そんな自分を外に連れ出してくれるのではという甘い期待に、お玉はとらわれているのである。
 一方、岡田はお玉には興味がなく、片思いされても迷惑にしか感じない。ドイツ留学が決まっているからである。ある日、岡田は狙われている雁を逃がそうとして石を投げ、かえって首に当てて殺してしまう。雁はお玉の象徴であり、偶然のいたずらによって、彼女の魂は悶えるのである。
 この小説は明治の末、二十世紀初めに書かれたわけだが、十九世紀の小説によく見られる全知視点で描かれている。現代小説だったら、お玉の視点、もしくは岡田の視点から描かれるはずだ。三人称限定視点で描かれることになるだろう。神の視点とも呼ばれる全知視点では、読者が主人公と同化して物語世界を体験できないので、三人称限定視点を取ることが多いのである。
 ただ、「雁」には語り手の「僕」が登場する。したがって、これは一人称小説でもあるわけだが、僕が知り得ないはずの、お玉の父や末造との関係にまで言及している。一人称小説のダブーを冒しているのである。僕が知り得たことしか、一人称の語りでは表現できないはずなのに。
 その欠点について、鷗外自身も気づいていたのだろう。語り手の「僕」がお玉と知り合って聞いたことで、居合わさなかった場面についても語れたという言い訳をしている。


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2024年03月18日

極楽の錠前(2)

 午後七時前に友人と合流し、長野駅前の中華料理店で、味噌ラーメンと炒飯、餃子、ビールなどを注文した。安かったのだが、信州味噌ラーメンは、味が薄めで野菜の味噌汁にラーメンが入っているような感じだった。
 今夜泊まるホテルは、素泊まりで三千百円、友人はクーポンを使って、さらに千円安くなった。激安ホテルなので、部屋は狭く飾りっけがない。何だか隔離病棟の部屋みたいで、息が詰まりそうだった。
 二人とも疲れていたので、別々の部屋に分かれた。ベッドに寝っ転がってインターネットを見ていたら、すぐに眠ってしまった。目が覚めると、午前一時だった。風呂に入って寝直すことにしたが、エアコンの音がうるさくて安眠できなかった。(つづく)


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posted by 高野敦志 at 01:06| Comment(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2024年03月17日

極楽の錠前(1)

 暑い日がまだ続く九月の初め、友人と長野に旅行することになった。ただ、自分は昼過ぎまで仕事があるので、先に出かけてもらって、夕方、大宮から北陸新幹線に乗ることにした。湘南新宿ラインは満員で身動きできない。疲れていたので、うちに帰りたい気分になった。
 時刻表を見ると、十七時四十九分発の金沢行き、かがやき153号が間もなく発車するのが分かった。切符を買ってホームに駆け上がると、列車が入線してきた。乗り込んで一分ほどして出発。ぎりぎりだった。予定より遅れているので、長野まで止まらない「かがやき」に乗れてよかった。
 ジョン・コルトレーンの演奏を聴きながら、車窓を眺めていると、彼方に高崎観音が見えてきた。十年以上教員として通い、最後の年は新型コロナウイルスのせいで、一年を通じてオンライン授業となった。再び訪れることもなく、高崎経済大学を退職してしまった。思い入れもいろいろあったが、まさかキャンパスに入らないまま、学生たちと別れることになるとは、予想だにしていなかった。
 高崎を通過すると、新幹線はトンネルばかりを通るようになった。佐久平を通過する頃にはすっかり日が暮れて、外を走っているのかどうかも、空気の抵抗の有無でしか分からない。(つづく)


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