2017年12月07日

ぼくがダライラマ?(32)

 式典がようやく終わり、白宮の中で休んでいると、またもや摂政が姿を現した。自分の時間はいつになったら持てるのだろう。椅子に座ったまま、ため息をついていると、摂政はうやうやしくひざまずいた。ぼくが立ち上がると、摂政は侍従に対して、ランプを持ってくるように命じた。
「ポタラ宮の中をご案内にいたしますので」
 この巨大な宮殿を見て回るだけでも、数日はかかりそうだった。部屋の数はいくつあるのか。この建物の完成のために、母さんとぼくはあの僧院に幽閉されていたのだ!
 ランプを持った侍従が先導する形で、ぼくは摂政とともに紅宮の階段を上っていった。一体何階まで連れていくつもりか。外はまだ明るいはずなのに、入り込んだ部屋は真夜中のように薄暗かった。
 バターの灯に照らされた広大な広間には、チベットに仏教を広めたパドマサンバヴァや、ゲルク派の宗祖ツォンカパの巨大な金像が飾られていた。光背には龍神や翼を生やした迦楼羅(かるら)が舞い、黄金の台座にはルビーやヒスイ、トルコ石などがはめ込まれている。
「ポタラ宮の構想は、先のダライラマ五世が、観音菩薩のお住まいである宮殿を、この世に出現させることでした……」
 摂政の説明を聞きながら、広い部屋の中には、二体の祖師と脇侍(わきじ)の他は、ほとんど祀られていないことに気づいた。バターの灯が揺らめく中、柱や壁を彩る黄金の細工は、身をくねらせるように光を放った。(つづく)

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2017年11月29日

ぼくがダライラマ?(30)

               五


 十一月のよく晴れた吉日、総勢数百人の行列が朝のデプン寺を出立していった。先払いの役人が笞で路面を叩くと、往来を行き来していた平民はひざまずいて合掌し、頭を地に擦りつけていく。ビシッ、ビシッという音を聞くたびに、輿に乗っていたぼくは、自分が叱責されているような痛みを覚えた。
 暴風は明け方にはやんでいたが、冷え込みはかなりきつかった。黄色い袈裟の上に金襴緞子(きんらんどんす)の衣を羽織っていても、足は冷たく血が通っていなかった。靴を買うことができず、足の裏がタコだらけの巡礼は、凍りついた土を踏むのもつらいことだろう。でも、今のぼくには往来を歩く自由もない。
 道の左右にある石造りの民家は、赤や青、黄色の旗が、平らな屋根にひるがえっていた。やがて行列はマルポリの丘が望めるあたりまで来た、ぼくが声をかけると、行列は動きを止めて御簾が上げられた。白い裳をはき赤茶の晴れ着をまとった巨大な宮殿が、草の生えぬ岩山から天に向かってそびえていた。ポタラ宮だった。金色の屋根は澄んだ青空に光を放ち、麓の町を非情な姿で威圧していた。
 巨石の宮殿が丘の上に建てられたのは、五十年にわたる平民の苦役(くえき)があったからだろう。それなのに、労働に携わった平民は、善根を積むことと信じ込まされ、喜んで受け容れてきたに違いない。果たしてこんなことを、釈迦牟尼が望まれたのだろうか。(つづく)

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2017年11月21日

ぼくがダライラマ?(29)

「まあ、私を恨みたいと思うなら、恨まれるがよろしいでしょう。しかし、私はダライラマ5世、ロサン・ギャツォのご遺言に従ったまでなのです。ポタラ宮の完成を見るまでは、自分の死は秘しておくようにという御遺言に。本来なら、生後ほどない時期に、ラサにお迎えいたすべきでした。しかし、チベットを清やモンゴルの脅威から守り、5世のご威光の元で国作りを押し進め、6世である猊下をお迎えに上がるには、十数年の歳月が必要だったのです」
 ぼくは言い返す気力を失った。人間は死んでしまえば、すべての記憶は失われてしまう。前世がダライラマだったか、一介の牧人だったかは関係ない。このままダライラマ6世に仕立て上げられたとしても、今のぼくがぼくであることには変わりがないわけだから。
 口をつぐんだままでいるのを見て、摂政はまんまと説き伏せられたと思い込んだらしい。急に機嫌が良くなった。侍従を呼び出すと、バター茶を持ってこさせた。摂政に勧められるまま口にすると、まろやかな喉ごしの液が、傷ついた胃の腑を癒していった。
 摂政は椅子に腰掛けると、口もとは穏やかなまま、目を細めながら父親のように威圧する調子で続けた。
「猊下は学ばねばならぬことが山とあるのです。十一月には康熙帝の名代やモンゴル族の王子方が列席されて、正式に法王として即位する儀式が営まれます。こちらの申し上げた通りに動いて下されば、万事はつつがなく執り行われることでしょう」(つづく)

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