2019年01月20日

ぼくがダライラマ?(65)

 立ち上がった摂政は、新郎・新婦の前に立った。二人がひそかに愛し合い、親の反対を押し切ってまで結ばれようとしたという逸話を披露した。そう言いながら、目頭を押さえる摂政を見て、何という虚言の天才だろうとあきれてしまった。人をあざむくためには、まず自分自身をだます必要があるのか。これはきっと、ぼくに対する当てつけなんだと思った。
 我に返ったとき、脇にひざまずいていた侍従に促された。言われるままに、今度はぼくが、新郎新婦の前に立った。祝福のための白い布、カタが手渡され、新郎と新婦の首にかけるように言われた。今度はぼくが、ダライラマとして祝辞を述べなければならない。
「よろしく、よろしく」と言いかけたが、あとの言葉を続けられなかった。若い貴族の動転はいや増していった。
 凍りついた貴族の首にカタをかけた。相手は答えられず、ただ深々と礼をするばかり。今度は新婦にカタをかける番である。(つづく)


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2019年01月19日

ぼくがダライラマ?(64)

 その時、はらわたを揺るがすホルンが、夜叉羅刹をも震え上がらせるほどの、凄まじい重低音で鳴り渡った。この婚礼を妨げられる者は、もはや誰もいないと宣告するかのように。それを祝して高らかに、銅鑼や大太鼓が打ち鳴らされると、会場はあふれんばかりの音の渦に包まれた。
 摂政はせわしげに立ち上がると、もったいぶった口振りで祝辞を述べた。この婚礼が諸仏・護法尊の意にかなったものであり、ダライラマの賛意と力添えによってなされたと法螺を吹いたばかりか、目の前でひざまずくと合掌した。
 ぼくは抑えていた憎悪の念が、じりじりと胃の辺りを焼いていくのを感じた。手足からは血の気が失せて、めまいをこらえるために、ひじ掛けに置いた拳を握りしめた。(つづく)


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2019年01月07日

ぼくがダライラマ?(63)

 ついに婚礼の日が訪れた。式が始まったのは昼下がり。中央にはトルコ石で飾られた髪飾り、極彩色の花嫁衣装に身を固めた摂政の娘。新郎となる貴族の青年は、緊張のせいか目尻が震えている。
 ぼくはその前に座らされていた。横には摂政サンゲ・ギャツォが控えている。会場には近親や貴族、ラサの大寺院の高僧が参列していた。背後の白壁からは吉祥を表す五色の垂れ幕、巨大な釈迦牟尼のタンカも下げられている。
 中央のテーブルにはバターで作られた極彩色の花、トルマが咲き乱れ、香炉からは白檀の煙が上っている。山と積まれたツァンパと、白米に豆や果実を炊き込んだご飯、ヤクのカレーやゆでた羊肉、水餃子のモモ、氷砂糖のお菓子。そして婚礼の席には欠かせない麦酒、チャンも。
 ぼくは正面に立つ彼女の顔を見た。緊張のせいか、凍りついたように表情を変えない。茶目っ気のあった瞳も、生気を失ったように動かない。摂政の顔を見ることはできなかった。正装した姿から発する威厳からは、怒りに似た感情が漂っていた。(つづく)


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