2018年01月11日

ぼくがダライラマ?(35)

         六

 ぼくは侍従の目を盗んで、ポタラ宮内を歩き回るようになった。迷路に似た宮殿の中で、ぼくの姿を見失った丸顔の男が、青ざめているのを想像するのは小気味よかった。ダライラマとして民衆の前に立つには、仏教の教理や瞑想法、占いのための天文学、チベットの文化と歴史、国を治める帝王学とやらまで、学ばなければならないことは山とあった。成人するまで教育をきちんと受けず、野山で狩りするのを楽しみにしていたぼくにとって、ポタラ宮での生活は苦痛以外の何ものでもなかった。
 ぼくの顔色が青ざめ、無気力になっていくのを見て、摂政サンゲ・ギャツォは、ダムニェンを与えてくれた。これは肩からかける弦楽器で、お父さんが食事の後に弾いていた気がする。弦を弾きながら歌うのだが、坊さんには聞かれたくない。後ろ指をさす奴がいるからだ。一連の授業を受けた後なら、出歩くことも許されたので、西方の山に日が傾く頃、ダムニェンを抱えて、宮殿の裏手にある大きな池のほとりで腰を下ろした。
 柳の林に囲まれた池は、宮殿を塗り固める土を掘り出した跡に、雨水がたまったものだった。中央の小島には龍王を祀る神殿が建っていた。仏塔の形をした金色の屋根は、東の空から迫りつつある夜気に触れていた。摂政の話によれば、ダライラマ五世の見た夢を実現した物で、内部に入ることは許されていないとのことだった。(つづく)

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2017年12月29日

ぼくがダライラマ?(34)

 その夜、ぼくは夢を見ていた。密林の中でぼくは二人の兄たちと、色鮮やかな植物や、言葉が分かる鳥を見物していた。お腹がすいて果物を探しているうちに、竹やぶの中に迷い込んでしまった。
 こんなところで猛獣と出くわしたらどうしようと上の兄さんが言うと、下の兄さんは、自分の体なんかくれてやっても構わないけど、父さんや母さんとお別れするのはつらいと答えた。
 話をしながら進んでいくと、やぶの中に黄色い影が横たわっていた。上の兄さんが叫び声を上げた。下の兄さんは震えながらぼくの衣をつかんだ。
 よく見ると、それはやせこけた一頭の虎だった。周りには七匹の子供がいたが、お腹をすかせて子猫のような声を出している。母親はうつろな目をして、こちらを向いても威嚇することもできずにいた。
「この虎は何を食べているんだろう」とぼくが問うと、上の兄さんは「虎やヒョウ、ライオンは生きた動物しか食べないんだよ」と答えた。下の兄さんも「もう狩りをする力はないんだろうけど、えさを見つけてやることはできないし、自分の身を餌食にしてまで救ってやる者なんていない」と答えた。
 ぼくは母親の虎と子供たちがかわいそうになった。二人の兄たちを先に行かせると、竹に衣をかけて裸になった。枯れた枝を手に取り首を刺すと、血を流して虎の前に身を横たえた。虎はしばらく、こちらを眺めていたが、ぼくの傷口に舌を当てると、乳でも飲むように吸いはじめた。
 母親は生きる力を取り戻したようだった。七匹の子供を助けたいという思いと、自ら命を差し出した相手を傷つけることへの恐れの中で揺れ、これ以上危害を加えられずにいる様子だった。
 ぼくは首筋の痛みをこらえながら、虎に向かって語りかけた。「ぼくはまもなく息絶えるだろう。それはおまえの子供たちを救いたいからだよ。ぼくのことなど構わずに、肉に食らいついて、骨の髄まで噛み砕いてくれ。この体はおまえの血肉となり、子供たちを養う乳となるのだから」
 虎の牙が首筋に食い込んできた。大量の血が流れだした。虎は狂ったように歓喜の声を上げて、噴き出した血をすすりだした。ぼくははっとして目を覚ました。それは恐ろしい夢ではあったが、不思議と心の中は満たされていた。
 チベットでは人は死ぬとき、自分の肉を鳥や獣に捧げて、次の生命の肥やしとなるのだから。霊塔の中に閉じ込められて、永遠にとらわれの身となるよりは、よほど快いことに違いないと思った。(つづく)

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2017年12月19日

ぼくがダライラマ?(33)

 手渡された灯を頭上に掲げた時、思わず「あっ」と息を呑んだ。天井の一部は吹き抜けになっており、底なしの闇が広がっていたからだ。満天の星が見えたわけではないが。摂政はこちらの思いを察してか、傍らに寄ってくると、自身でも穴を見上げながら言った。
「空間というものは、空いているからこそ役に立つのです」
「それは謎かけですか」
「ここにはダライラマ五世の霊塔が築かれることになっているのです」
「霊塔?」
「最上層には金泥(こんでい)をまとわれた五世の御遺骸が祀られます。その下にはお書きになった書物や、召し上がる穀物、薬用の植物などが収められます。チベット全土で掘り出される数年分の黄金が、霊塔を築くのに用いられるでしょう」
 ぼくは耳を疑った。仏教とは慈悲の教えで、布施は最高の功徳(くどく)と聞いていた。だからこそ、チベット人は命尽きたとき、魂の抜け出た肉体を鳥にほどこす善行をなすのだ。それなのに、ダライラマは遺骸で金像を作って、死後も崇拝の対象とするのか?
 それにしても、これだけの広さは必要ないのではないか。そう思いながら見回していると、摂政は意味ありげな笑みを浮かべて、こちらの問いを待っている様子だった。
「しかし、五世の霊塔を作るだけだったら……」
「ここには歴代のダライラマが葬られていくんですよ。あなた自身もね」
 それを耳にした途端、ぼくは生きながらにして、ポタラ宮に葬り去られる気がした。
「世界広しといえども、紅宮ほど華麗な霊廟はないでしょうね」
 バターの灯が空気の流れで揺らめいた。闇の中では摂政の体の輪郭が、ぼんやり浮かび上がって見える。低い声ばかりが淀みなく室内に響いていた。(つづく)

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