2018年03月11日

ぼくがダライラマ?(40)

 侍従が小走りで神殿の扉を開けた。大寺院を模したお堂は、朱塗りの柱から壁を彩る黄金の細工まで、一回り小さく作られていた。それは龍王が女神であるからだった。金色の小さな屋根は日の光を反射し、後光が射しているかに見えた。二階には白い絹の垂れ幕が下ろされ、外から中はうかがい知れない。敷居をまたいで入ると、薄暗い堂内には蒸れたような臭いがした。窓を大きく開け放つと、快い風が入ってきた。
 バターのランプを手に梯子を登っていくと、そこには目を見張るべき空間が広がっていた。青みかかったヒスイ色の壁には、妖艶な女神や奇怪な体位をした行者らが、生々しい肌色で描かれていたからだ。上は一国の王から下は牧人、猟師、娼婦に至るまで、現世での身分は様々だが、在家のままで秘法の奥義を極めていた。中心に描かれた大柄の行者を、摂政は微笑んで指さしている。ぼくは父親然とした男の意図を測りかねた。
「このお方はどなただと思われます? 埋蔵経の偉大な発掘者、ペマ・リンパです。猊下のご先祖でいらっしゃるのですよ」(つづく)


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2018年03月10日

ぼくがダライラマ?(39)

 春の柔らかな日射しが水面を照らし、眠りを誘う空気が辺りに漂っていた。岸辺を縁取る柳の緑が、目にまぶしく映るほどだった。大空の青い色彩もかすみ、背後にそびえるポタラ宮の白い壁も、いかめしさが和らいで見えた。
 この池にまつわる伝説を、摂政の口から聞かされても、頭の中は謎の女のことでいっぱいだった。あれから何度か夕暮れに訪れたものの、再び姿を現すことはなかった。摂政の娘かどうかも分からず、呼び出す当てもなかった。それよりも、なぜここに連れてきたかということが気にかかった。侍従に目配せしたのだが、摂政を恐れて首を振るばかりだった。
「猊下にお目にかけたい物があるのです」
 池の縁に進むと、金色の龍の船首を持つ朱塗りの船が目に入った。摂政とぼく、侍従が乗り込むと、船頭は艫綱(ともづな)を解いて水面に船を滑らせた。龍王を祀る小さな神殿は、中央にある人工の島に建てられている。そこへは船で渡るしかなく、向こう岸に着いても、船頭は上陸を許されなかった。(つづく)


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2018年02月27日

ぼくがダライラマ?(38)

 それからというもの、ぼくは謎の女のことが頭を去らなかった。仏教の講義や瞑想の時間にも、女の顔がちらついて気が散ってしまう。摂政に娘がいるらしいことは、侍従の口から洩れ聞いてはいたのだが、それがあの女と同一人物かどうかは分からない。
 これはダキニかなんかの類いかもしれないと、ぼくは冗談半分で思ったりした。仏と交合している女神のことで、性ヨーガをする時のパートナーとなる。でも、ぼくの場合は、若い女の子に興味があるからかな。そもそも、子供のときから周りにいたのは坊さんばっかりで、肌から発する女の匂いを想像するだけで、袈裟がテントを張ってしまうんだから。
 ぼくの様子がおかしいと聞いて、摂政が白宮の部屋を訪れたのは、よく晴れた日の昼下がりのことだった。ダライラマの霊塔を見せられて以来、ぼくの顔色がよくないとか、侍従から聞かされたのだろう。ポタラ宮の裏にある池のほとりに連れていかれた。
 これは何かの符合ではないかと思った。ぼくの悩みの原因に感づいているのではないか。摂政は素知らぬ様子で、仏道修行の進み具合などを訊いてきた。ぼくも猫をかぶって答えることにした。
「修行を始めたばかりだというのに、民衆の前では悟ったような顔をしなければならない。これほどつらいことはありません」
「猊下は深く考えすぎるようです。堂々としていらっしゃればいいのです。形が整えば、自ずと法王としての風格が出てくるものです」(つづく)


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