2018年12月10日

ぼくがダライラマ?(61)

 ぼくが身をふりほどこうとすると、摂政は皺の深く刻まれた顔で、口答えは許さないといった気迫でにらみつけた。
「猊下は結婚式に出席されるのです。何事もなかったように、祝辞を述べていただきます。臣下はその言葉に感激することでしょう。ダライラマとしての風格が出てきたと、口々に述べることでしょう」
「そんなことはぼくにはできない」
「いやしていただかなくてはなりません。猊下は君臨されているのです。ただ言われるままに振る舞うだけでいいのです。気がつくと、ご自分がダライラマでしかないということ気づくでしょう。死して後まで、猊下は臣下に崇拝される身なのですから」
 ぼくはポタラ宮に連れてこられた頃、摂政に案内された紅宮の墓所のことを思い出した。黄金の霊塔には歴代のダライラマの遺体が納められ、昼なお暗い空間の中で、押しつぶされそうになったのだった。ぼくもあそこに埋葬される! 平民は死ねば身を猛禽に布施して、魂は青空の高みにまで連れていかれるのに。そうした自由さえ許されていないのかと思うと、気が遠くなりそうになった。(つづく)


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2018年11月13日

ぼくがダライラマ?(60)

 そのまま出て行こうとした。ぼくは苛立った。思わせぶりの言い方が、当てこすりのように思えてしまったからだ。自分の娘を傷物にされて、黙っている父親があるだろうか。
「ぼくが娘さんに好意を抱いてるのを知りながら、何もなかったこととして嫁に出すわけですか」
「猊下の好意を受けたということは、娘にとって光栄の至りと申すべきことであり……」
「あなたは分かってるくせに、問い詰めようとしない。ぼくは龍王殿の中で密会してたんです」
「密会?」
「密会だけじゃない。結ばれたんです」
 にわかに摂政の顔色が変わった。青ざめていた顔が急に赤くなり、力なく垂れていた手も微かに震えている。ぼくは摂政にしてやられたと思った。言わなくてもいいことを、自分から白状させられたんだ。
「やはり、そういうことだったんだな。猊下が平民だったら、斬り捨ててやるところだ!」
 摂政はこちらの肩をつかんだ。激しく揺さぶられ、押し倒されそうになった。
「猊下は罪を背負って生きていかなくてはならない。娘のお腹に出来たのは、不義の子ということだ。相手の貴族もそれを知らない。娘が苦しむ分、その業に猊下も苛まれ続けるのです」(つづく)


 
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2018年11月03日

ぼくがダライラマ?(59)

 足音が近づいている。ぼくは大きく息を吸った。侍従が着替えを運んできたのだった。病に伏せていた摂政が、猊下に挨拶にやって来るというのだ。
 戦慄した。血の気が引いていくのを感じた。表情が変わったのを悟られぬように、ぼくは窓の方を見やった。キチュ河の川面は、先ほどと変わらない。霞がゆっくり動いている。目を閉じてふたたび、侍従の顔を見ると、分かったと答えた。
 朝の勤行を始める。声に力がないのを感じる。瞑想をしても、心の乱れは治まらない。朝食のツァンパは、バター茶でこねても、喉をうまく通らない。そこで、バター茶だけを飲むことにした。体の芯から暖まり、どんなことになっても対処できる気がした。
 摂政が現れた。いつもながら、この男は老獪だと思った。確かに血色は良くないが、顔面を強張らせたまま、出仕を怠っていたことをわびて、感情を面に出さないようにしている。
「猊下のお耳にも入っているかもしれませぬが、娘が結婚いたすことになりました。そのことでいささか心を悩ましていた次第であります。では……」(つづく)


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