2018年02月27日

ぼくがダライラマ?(38)

 それからというもの、ぼくは謎の女のことが頭を去らなかった。仏教の講義や瞑想の時間にも、女の顔がちらついて気が散ってしまう。摂政に娘がいるらしいことは、侍従の口から洩れ聞いてはいたのだが、それがあの女と同一人物かどうかは分からない。
 これはダキニかなんかの類いかもしれないと、ぼくは冗談半分で思ったりした。仏と交合している女神のことで、性ヨーガをする時のパートナーとなる。でも、ぼくの場合は、若い女の子に興味があるからかな。そもそも、子供のときから周りにいたのは坊さんばっかりで、肌から発する女の匂いを想像するだけで、袈裟がテントを張ってしまうんだから。
 ぼくの様子がおかしいと聞いて、摂政が白宮の部屋を訪れたのは、よく晴れた日の昼下がりのことだった。ダライラマの霊塔を見せられて以来、ぼくの顔色がよくないとか、侍従から聞かされたのだろう。ポタラ宮の裏にある池のほとりに連れていかれた。
 これは何かの符合ではないかと思った。ぼくの悩みの原因に感づいているのではないか。摂政は素知らぬ様子で、仏道修行の進み具合などを訊いてきた。ぼくも猫をかぶって答えることにした。
「修行を始めたばかりだというのに、民衆の前では悟ったような顔をしなければならない。これほどつらいことはありません」
「猊下は深く考えすぎるようです。堂々としていらっしゃればいいのです。形が整えば、自ずと法王としての風格が出てくるものです」(つづく)


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2018年02月08日

ぼくがダライラマ?(37)

 突然、女は笑い出した。からかうようにぼくの周りを巡った。こちらの問いかけを封じて、渦の中で身動きできなくするみたいに。月の光が女の顔を照らすたびに、手がかりをつかもうとしたが、謎は指の間をすり抜けてしまう。
「あなたは私を知らない。私はあなたを知ってる」
 呆然としている隙に、ダムニェンを奪われてしまった。女は岩の上に腰掛けると、先ほどぼくが弾いていた曲を繰り返した。一度聞いただけでそらんじるとは、やはりただ者ではない気がした。
 女は弦を弾く手を止めると、いぶかる目でこちらを見上げた。
「もしかして、私の言葉を真に受けてるわけ?」
「君はいったい、何者なんだ!」
「あなたはまだ子供だわ。お母さんの顔しか覚えてないんだわ」
 女はダムニェンを岩の上に置くと、小走りで走り去っていく。ぼくは追いかけようとしたが、女は池の中に小石を投げ入れた。それに気を取られているうちに、女の顔は闇の中に沈んでいった。
「私は摂政の娘……」
「まさか! 名前は?」
「教えない。あなたに魂を奪われたくないから」(つづく)


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2018年01月17日

ぼくがダライラマ?(36)

 東の空から満月が昇ってきた。太陽の光を受けて輝く月は、夜の孤独を慰めてくれる光だ。自分がどこから来たかを教えていると、仏教では言うらしいが、ぼくには別れたままのお母さんの顔に見える。
 ぼくはダムニェンを弾き始めた。弦の響きに耳を傾けていると、抑えられていた心が開いていく。あの月は僕一人のために、夜空を照らしているわけではない。生死を繰り返す人間にとって、母なるものを象徴しているんだろう。

 東の山の頂(いただき)から
 白く明るい月が昇る
 まだ生まれぬ母の顔が
 ぼくの心に現れてくる

 人の気配を感じた。侍従に見つかったのかと思ったが、大して気にも留めなかった。微かな甘い香木の匂いが鼻をくすぐった。
 弾くのをやめて振り返ると、丸くて色白の女が立っていた。宝玉の髪飾りをつけているから、貴族か何かの娘だろうが、夕暮れに出歩くのは尋常ではない。
「そのまま、私はいないものと思って弾いて下さい」
 この香りは伽羅(きゃら)だろうか。若い娘にこんな近くで接するのは初めてだった。向こうは僕のことを知っているのか。
「私はこの池に住まう龍王の化身です」
 女は真顔で言った。なるほど、高貴な家の娘が、人気(ひとけ)のない池のほとりに出てくるはずがない。(つづく)

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