2019年03月27日

ぼくがダライラマ?(68)

 足もとがふらついていた。夢を見ているような気がした。それも、いつまでも目が覚めない夢を。歩いて行くと、朱を基調に原色で彩られた柱や、金糸で縁取りされた極彩色のタンカ、いかめしい造りの大扉が続いている。目をつぶっても、抱擁した仏と女神、火炎を背負った護法尊の姿がちらつく。
 女神の顔を見てぎょっとした。あり得ないことだが、自分が愛した女、摂政の娘の顔をしている! では、抱きつかれた仏の顔は? 僕自身の顔じゃないか。この幻を打ち破ろうとして、僕は大声でわめいていた。

 かの愛(いと)しき我が妹(いも)は
 娶(めと)られて去りゆき
 残されたこの身は
 炎に焼かれて悶(もだ)えぬ

(つづく)


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2019年03月12日

ぼくがダライラマ?(67)

 新郎と摂政に両脇を支えられ、新婦は立ち上がった。ぼくは脇で立ち尽くしていた。彼女は酔ったように、座らない首でこちらを向くと、小さな声で鋭く言った。
「あなたは残酷な方です」
 式はそのまま続行された。ぼくは法王の座に戻ると、侍従が止めるのも聞かず、度数の強い白酒(パイジュ)をあおった。食の入らぬ臓腑に、焼けるように流し込んだ。芸人が肩を並べて、タップダンスを踊っているのを、魂が抜けたように眺めていた。
  
 気がつくと、ぼくは寝室のベッドの上に横たわっていた。すでに夜となっており、バターの灯が放つ匂いで、ひどい胸焼けに襲われた。慣れない酒に手を出したのがいけなかった。頭がくらくらし、天井がゆっくり回転している。無性に喉が渇く。壺の水を手に取ると、ラッパ飲みした。(つづく)


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2019年03月07日

ぼくがダライラマ?(66)

 うつむいている新婦の首に、絹地の布がそろりと触れた。彼女は気後れした様子もなく、こちらを見上げた。二度と見つめ合うことはないことを、自身に言い聞かせるように。何か言葉をかけようとしたが、焦燥にかられるばかりだった。彼女の瞳は凍りついている。ぼくはわけが分からなくなった。
「これでいいんですか?」
「えっ?」
「ぼくは確認しておきたいことがある」
「ああ!」
 触れてはならないことに触れているんだ。生まれてはじめて結ばれたことが、そんなにいけないことだったのか。単に思い出として残るだけだったら、こんな美しいことはないだろうに。ぼくがダライラマであるために、人として自然に湧き上がる想いも、欲望も否定しなければならないのか。すべてを打ち壊したい衝動に、自分は駆られていた。
「ぼくたちの赤ちゃんは?」
 ああ、言ってしまった。新婦は吐き気を催したように、その場にしゃがみ込んでいる。周囲は騒然となり、摂政と侍従が駆け寄っていった。
「おまえは何を言ったんだ!」
 摂政は顔色を変えて、こちらを睨みつけた。列席した高僧や貴族がざわめき出した。こちらまで目まいがしてきた。


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