2019年01月19日

ぼくがダライラマ?(64)

 その時、はらわたを揺るがすホルンが、夜叉羅刹をも震え上がらせるほどの、凄まじい重低音で鳴り渡った。この婚礼を妨げられる者は、もはや誰もいないと宣告するかのように。それを祝して高らかに、銅鑼や大太鼓が打ち鳴らされると、会場はあふれんばかりの音の渦に包まれた。
 摂政はせわしげに立ち上がると、もったいぶった口振りで祝辞を述べた。この婚礼が諸仏・護法尊の意にかなったものであり、ダライラマの賛意と力添えによってなされたと法螺を吹いたばかりか、目の前でひざまずくと合掌した。
 ぼくは抑えていた憎悪の念が、じりじりと胃の辺りを焼いていくのを感じた。手足からは血の気が失せて、めまいをこらえるために、ひじ掛けに置いた拳を握りしめた。(つづく)


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2019年01月07日

ぼくがダライラマ?(63)

 ついに婚礼の日が訪れた。式が始まったのは昼下がり。中央にはトルコ石で飾られた髪飾り、極彩色の花嫁衣装に身を固めた摂政の娘。新郎となる貴族の青年は、緊張のせいか目尻が震えている。
 ぼくはその前に座らされていた。横には摂政サンゲ・ギャツォが控えている。会場には近親や貴族、ラサの大寺院の高僧が参列していた。背後の白壁からは吉祥を表す五色の垂れ幕、巨大な釈迦牟尼のタンカも下げられている。
 中央のテーブルにはバターで作られた極彩色の花、トルマが咲き乱れ、香炉からは白檀の煙が上っている。山と積まれたツァンパと、白米に豆や果実を炊き込んだご飯、ヤクのカレーやゆでた羊肉、水餃子のモモ、氷砂糖のお菓子。そして婚礼の席には欠かせない麦酒、チャンも。
 ぼくは正面に立つ彼女の顔を見た。緊張のせいか、凍りついたように表情を変えない。茶目っ気のあった瞳も、生気を失ったように動かない。摂政の顔を見ることはできなかった。正装した姿から発する威厳からは、怒りに似た感情が漂っていた。(つづく)


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2019年01月03日

ぼくがダライラマ?(62)

 摂政が去ると、入れ替わりに侍従が、パンチェンラマの書簡を持ってきた。師はラサの西にあるシガツェで、政務を執られているため、ここ数ヶ月お目にかかっていない。その間にぼくはすっかり、師のことを頭の片隅に追いやっていたのだ。文字を目で追いながら、師の声がよみがえってくるのを感じた。

 灌頂を授けた師と弟子は、目に見えない力で結ばれている。私が心で念じることは、すぐさまそなたの胸の内に届く。魂の海は広大であり、私とそなたの心は、隔てられることなくつながっているのだ。
 何かつらいことがあれば、眼前に私の顔を思い浮かべよ。そなたの思いの丈を、私の像に向かってぶちまけるがよい。知恵を授かりたいときは、頭上に私や、歴代のダライラマの姿を思い浮かべるのだ。そうすれば、霊妙な加持の力によって、仏の知恵と勇気が流れ込むのだから。

 ぼくは涙を流した。これほど自分のことを気遣ってくださっているのに、ぼくときたら、師のことをないがしろにして、摂政の娘に心を奪われていたのだから。しかも、瞑想の修行を茶化すような戯れ歌を作って、得意になっていたのだから。


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