2018年03月31日

ぼくがダライラマ?(42)

「これを描かせたのはどなただと思います」
「前のダライラマ五世とでも……」
「猊下は何でもご存じだ。前世になされた他の行いも、日を置かずして思い出されることでしょう」
 摂政はダライラマの秘密を明かすことで、ぼくを操ろうとしているのではないかと思った。ダライラマを頂点とする新派の密教では、現世で悟りを得ることができないことを、五世自身は知っていて、密かに古派の密教を修行していたに違いない。その秘密を民衆に知られぬように、ポタラ宮裏の池に囲まれた神殿に封印していたのではないか。
 摂政は謎めいた笑みを浮かべると、こちらの動揺を顔色から読み取ろうとしていた。ぼくの先祖が伝えてきた秘法を、自分は知ることができない矛盾を思った。古派の密教と言えば、お父さんは牧人として働きながらも、行者として村の祈祷に携わってきたのだった。ここに連れてこられなければ、ヤクや羊の世話をしながら、あの壁画に描かれた体位で、どんなヨーガを行えばいいか教えてもらえたはずなのに。
「猊下、ここで見たことは決して口外されてはなりません。猊下の師であらせられるパンチェンラマにも、お尋ねになってはなりません。猊下がそれにふさわしい境地に達された暁に、真理は自ずと明かされることでしょう」(つづく)


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2018年03月16日

ぼくがダライラマ?(41)

 ぼくが驚いたのは、自分の素性が調べ上げられていること、チベットでは軽視されている古派の密教が、ポタラ宮の裏手の神殿で、絵画の形で密かに伝えられてきたということだった。これを描かせたのは、正式に口伝を授かった者が、ポタラ宮の中にいたということだ。また、それは一般に知られてはいけないことであるため、池に囲まれた神殿の内壁に描かれていたということだ。
「猊下がダライラマに選ばれた意味がお分かりですか」
 摂政がなぜぼくをここに連れてきたか、何となく分かった気がした。ダライラマとして生きることに抵抗しているぼくに、納得させようとしているのだ。隠されていなければいけない秘密を、ぼくと分かち合うことで、共犯の意識を植え付けようとしているのだ。
 壁にはヨーガを行う上での種々の体位や印の結び方、その際に観想すべき仏の姿まで示されていた。自らの分身を現出させたり、頭頂から体外へ抜け出したり、死者をよみがえらせたりする秘法までが、惜しむことなく明かされていた。壁画は宝石を砕いた顔料で描かれていたので、灯を近づけるとその部分だけが浮かび上がり、目を閉じても鮮やかな色が瞼に浮かび上がるのだった。(つづく)


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posted by 高野敦志 at 00:47| Comment(0) | 連載 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月11日

ぼくがダライラマ?(40)

 侍従が小走りで神殿の扉を開けた。大寺院を模したお堂は、朱塗りの柱から壁を彩る黄金の細工まで、一回り小さく作られていた。それは龍王が女神であるからだった。金色の小さな屋根は日の光を反射し、後光が射しているかに見えた。二階には白い絹の垂れ幕が下ろされ、外から中はうかがい知れない。敷居をまたいで入ると、薄暗い堂内には蒸れたような臭いがした。窓を大きく開け放つと、快い風が入ってきた。
 バターのランプを手に梯子を登っていくと、そこには目を見張るべき空間が広がっていた。青みかかったヒスイ色の壁には、妖艶な女神や奇怪な体位をした行者らが、生々しい肌色で描かれていたからだ。上は一国の王から下は牧人、猟師、娼婦に至るまで、現世での身分は様々だが、在家のままで秘法の奥義を極めていた。中心に描かれた大柄の行者を、摂政は微笑んで指さしている。ぼくは父親然とした男の意図を測りかねた。
「このお方はどなただと思われます? 埋蔵経の偉大な発掘者、ペマ・リンパです。猊下のご先祖でいらっしゃるのですよ」(つづく)


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