2019年05月01日

ぼくがダライラマ?(71)

 部屋の奥から歓声が上がった。くやしがってテーブルを叩く牧人。口ひげを生やした胴元らしい男は、いずれかの寺の僧兵くずれなのだろう。毛むくじゃらの腕がひっきりなしに動き、サイコロが生き物みたいにはね回っている。
 ぼくは初めて博奕をしているところを見た。一攫千金を夢見て、手持ちの金を全部すってしまっても、巡礼のふりして物乞いをすればいい。ただ、坊さんの方が上手(うわて)かもしれない。巡礼なら餓死する恐れがあるが、坊さんなら祈祷の文句を唱えるだけで、たんまりお布施がもらえるわけだから。
「猊下もなさいますか」
「ぼくがやっても面白くないよ。いくら負けても、一文無しにならないんだから」
「では、まず酒からということにいたしましょう」(つづく)


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2019年04月24日

ぼくがダライラマ?(70)

 侍従に用事を言いつけると、ぼくは牧人に変装して、道案内の従者を引き連れ、ポタラ宮前の石段を下りていった。一歩一歩進むたびに、革靴の跡が雪の上に残されていく。すでに雲が切れてきて、月明かりでラサの町はぼんやり照らされていた。ランプの光が届かぬ先も、雪の道を闇の中から浮かび上がらせる。
 これから何が待ち受けているか。引き返すなら今のうちだ。人影はまばらで、通り過ぎる役人も、ぼくの正体には気づかなかった。石造りの四角い民家は、雪をかぶって丸みを帯びている。振り返ると、マルポリの丘にそびえるポタラ宮は、墨絵のようにぼんやり輪郭が浮かび上がっている。

 いきなり目の前の扉が開いた。勧められるままに入ると、店の中にいた男女が一斉にこちらを向いた。平民の女は化粧などしないものだが、ここにいる女は漢族のように白粉を塗っている。主人らしい目つきの鋭い男に、従者が手を上げて挨拶すると、示された角のテーブルへ進んでいく、石の壁は無造作に積まれており、木の窓枠とのすき間から風が入ってくるが、この席は傍らに炉があって、ヤクの糞を燃やしているから寒くない。(つづく)


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2019年04月05日

ぼくがダライラマ?(69)

               九


 それ以来、ぼくは剃髪することを拒否した。黄色い袈裟はまとっていたが、髪が伸びて肩にかかるほどになっていた。半僧半俗といった出で立ちで、日暮れにポタラ宮を抜け出したりしていた。摂政から再三の忠告があったが、仏道修行も半ば放棄してしまった。
 すでにラサにも冬が訪れていた。雪も岩肌をまだらに覆うだけで、ヒマラヤの山々のようには積もらない。ポタラ宮から眺められる街並みも、うっすら薄化粧している。葉の落ちた柳の枝には霧氷がまとわりついて、朝日を受けて輝き、キチュ河の中州に降りた霧は、白い絹地のように照り映えている。
 その日はいつになく、朝から大雪になっていた。石造りの平屋根の民家は、綿をかぶったようになり、そこに立てられたタルチョ(祈祷旗)も、凍りついて垂れ下がり、風が吹いても翻ることはなかった。
 長い一日が過ぎてゆく。日が落ちる時刻になって、ようやく雪は降りやんだ。民家の窓にかかった幕から、明かりが洩れるようになった。そこには夫婦と子供が住んでいて、出来事を語り合っていることだろう。(つづく)



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