2017年08月10日

ぼくがダライラマ?(15)

 ぼくは思春期に達していたのだ。ひげも生えてきたし、声変わりもとっくにしていた。この年になれば、女友達の一人もほしいところだが、母さん以外の女性は、こんな山奥の寺の周りにはいなかった。だから、恋愛詩を書いたといっても、すべて空想の産物でしかなかった。瞑想して女神と合体してる坊さんたちと、大して変わらなかったわけだ。
 それよりもっと困るのは、体の内側からこみ上げてくる欲望だった。修行してる小坊主たちと、顔付き合わせることが多かったから、暇さえあれば何やってるか、教えてもらわなくても分かってしまった。夜中になると、母さんが眠ったのを確かめて、立ったまんまの息子をしごいて遊んでいた。
 すると、年中立ちっぱなしになった。食事の時間も、へその下にもう一本生えてきたみたいだった。それに気がついたのか、片付けのときに耳打ちしてくれた奴がいる。
「でも、猊下、チンチンで遊び過ぎちゃだめですよ。この世のものとは思えない、たまらない気持ちになって、白い液体が飛び出しちゃうから。大切な菩提心をもらしたりしたら、観音さまの化身になれなくなってしまいますから」
 いいこと教えてくれたと思った。ぼくは我慢できずに、何回も菩提心を捨ててしまったから、とても出家などできそうにない。ダライラマの生まれ変わりだなんいうのも、何かの間違いだったのではないかと。

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2017年08月03日

ぼくがダライラマ?(14)

          三

 十年ほどの月日が流れた。その間のぼくは、幽閉されていたようなものだった。一日はただ円環の中で繰り返されて、その中に意味を見いだすことはできなかった。はっきり言って、時間を持て余していたのだ。坊主になったわけでもないのに、経文を唱えたり、足を組んで瞑想するのは真っ平だった。ただ、チベット語の読み書きは自ずと身に着いたから、習字の時間、他の坊さんが写経しているそばで、恋愛詩を書いたりしていた。
 僧院長がそれをとがめたので、ぼくは言い返してやった。チベットの仏はみんな、女神と愛し合ってるじゃないですか。ぼくは皆さんが瞑想していることを、言葉で表してるだけですよって。
 ぼくが「猊下」と小坊主たちに呼ばれていることに、気づいていないはずはなかったが、僧院長の方でも、それに触れることを避けているようだった。ダライラマの生まれ変わりであると、小坊主たちの前で言い放ったことに、ぼくは触れられたくなかったのだ。もしそれが本当だとしたら、山奥の寺に閉じ込められている理由が分からない。たとえ何らかの誤りで、ふるさとから引き離されたのだとしても、むしろそれを喜んだことだろう。大人になる前から、人生を選ぶ権利を奪われるよりましだから。
 ただ、生意気に口答えしたぼくに、僧院長が声を荒げることはなかった。それは仏に仕える者の寛容さから来ているのではないことに、うすうす感じ始めていた。出家したわけでもないのに、居候のようなわがままを許してくれたのも、ぼくに対する遠慮があった気がしてならない。本物の猊下、ダライラマ五世がご健在でいらっしゃるなら、ぼくの気のせいということになるだろうが。(つづく)

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2017年07月20日

ぼくがダライラマ?(13)

 それからというもの、ぼくは以前の陽気さを失っていった。同じ年頃の小坊主たちが、チベット文字の書き方や、経文の唱え方を習ってる間、ぼんやり天井を見つめながら、怖い顔した忿怒尊が、悪い奴らをこらしめるさまを思い描いたり、ふるさとの草原に魂だけは戻って、走り回っているのを空想したりした。
 小坊主たちの真似事をやってるうちは良かったが、どれだけ怠けていても、ぼくだけはしかられないことが分かると、小坊主たちの目つきが変わっていった。勤行の時間が終わったある朝、部屋の隅に腰を下ろしていたぼくは、きびしい目が向けられているのを知った。中で一番背が高い少年が、威圧するようにぼくの方を見下ろしていた。
「おまえは一体、何者なの。寺に修行に来たんじゃないの? 頭も剃らないし、お勤めにも加わらない。何か言ったらどうだ」
 ぼくは我慢できなくなって、立ち上がって行こうとした。すると、そいつがぼくの着物の裾をつかんで言った。
「修行に来たんじゃないなら、お母ちゃんのオッパイから離れられないんだろ。みんな言ってるぜ、メンパ族の女から生まれた子の父親は、破戒坊主だって。坊主のくせに妻帯してたから、食えなくなって、女房を下女として奉公させてるんだって」
 血の気が引いていくのを感じた。もし自分が同じ背丈だったら、殴り倒してやるところだった。ぼくは背の高い少年の、胸のあたりに突っ込んでいったが、はじき飛ばされて地べたに転がり落ちた。
「ぼ、ぼくが誰だと思ってるんだ。ぼ、ぼくはダライラマ五世の生まれ変わりだぞ」
 口にした瞬間、言ってはならないことを口にしたと感じた。自分でも信じていないのに、そんな言葉でしか、小坊主たちをやり込めることができない気がしたのだ。しかし、それは間違っていた。
「おまえ、バカじゃないのか。猊下はポタラ宮でご健在だぞ。そんなことも知らずに、戯言言ってるおまえは、やっぱりおつむが足りないんだ」
 その日から、小坊主たちはぼくのことを、猊下と呼ぶようになった。しかし、それはぼくをからかいバカにして、憐れみの対象とするためだった。おかげでぼくは、好きなだけツァンパを食べ、バター茶を飲んで遊んでいても、目の敵にする人間はいなくなった。

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