2019年01月07日

ぼくがダライラマ?(63)

 ついに婚礼の日が訪れた。式が始まったのは昼下がり。中央にはトルコ石で飾られた髪飾り、極彩色の花嫁衣装に身を固めた摂政の娘。新郎となる貴族の青年は、緊張のせいか目尻が震えている。
 ぼくはその前に座らされていた。横には摂政サンゲ・ギャツォが控えている。会場には近親や貴族、ラサの大寺院の高僧が参列していた。背後の白壁からは吉祥を表す五色の垂れ幕、巨大な釈迦牟尼のタンカも下げられている。
 中央のテーブルにはバターで作られた極彩色の花、トルマが咲き乱れ、香炉からは白檀の煙が上っている。山と積まれたツァンパと、白米に豆や果実を炊き込んだご飯、ヤクのカレーやゆでた羊肉、水餃子のモモ、氷砂糖のお菓子。そして婚礼の席には欠かせない麦酒、チャンも。
 ぼくは正面に立つ彼女の顔を見た。緊張のせいか、凍りついたように表情を変えない。茶目っ気のあった瞳も、生気を失ったように動かない。摂政の顔を見ることはできなかった。正装した姿から発する威厳からは、怒りに似た感情が漂っていた。(つづく)


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2019年01月03日

ぼくがダライラマ?(62)

 摂政が去ると、入れ替わりに侍従が、パンチェンラマの書簡を持ってきた。師はラサの西にあるシガツェで、政務を執られているため、ここ数ヶ月お目にかかっていない。その間にぼくはすっかり、師のことを頭の片隅に追いやっていたのだ。文字を目で追いながら、師の声がよみがえってくるのを感じた。

 灌頂を授けた師と弟子は、目に見えない力で結ばれている。私が心で念じることは、すぐさまそなたの胸の内に届く。魂の海は広大であり、私とそなたの心は、隔てられることなくつながっているのだ。
 何かつらいことがあれば、眼前に私の顔を思い浮かべよ。そなたの思いの丈を、私の像に向かってぶちまけるがよい。知恵を授かりたいときは、頭上に私や、歴代のダライラマの姿を思い浮かべるのだ。そうすれば、霊妙な加持の力によって、仏の知恵と勇気が流れ込むのだから。

 ぼくは涙を流した。これほど自分のことを気遣ってくださっているのに、ぼくときたら、師のことをないがしろにして、摂政の娘に心を奪われていたのだから。しかも、瞑想の修行を茶化すような戯れ歌を作って、得意になっていたのだから。


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2018年12月10日

ぼくがダライラマ?(61)

 ぼくが身をふりほどこうとすると、摂政は皺の深く刻まれた顔で、口答えは許さないといった気迫でにらみつけた。
「猊下は結婚式に出席されるのです。何事もなかったように、祝辞を述べていただきます。臣下はその言葉に感激することでしょう。ダライラマとしての風格が出てきたと、口々に述べることでしょう」
「そんなことはぼくにはできない」
「いやしていただかなくてはなりません。猊下は君臨されているのです。ただ言われるままに振る舞うだけでいいのです。気がつくと、ご自分がダライラマでしかないということ気づくでしょう。死して後まで、猊下は臣下に崇拝される身なのですから」
 ぼくはポタラ宮に連れてこられた頃、摂政に案内された紅宮の墓所のことを思い出した。黄金の霊塔には歴代のダライラマの遺体が納められ、昼なお暗い空間の中で、押しつぶされそうになったのだった。ぼくもあそこに埋葬される! 平民は死ねば身を猛禽に布施して、魂は青空の高みにまで連れていかれるのに。そうした自由さえ許されていないのかと思うと、気が遠くなりそうになった。(つづく)


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