2019年05月07日

ぼくがダライラマ?(72)

 ぼくは盃を口にした。舌が焼けるように強い。これはチベットのチャン(どぶろく)ではない。清の白酒だろう。すぐに意識が朦朧としてきた。すると、奥からまだあどけなさが残る少女が、テーブルの隣の席に座った。薄化粧をして、唇には紅をさしている。つややかな髪からは、ほのかに伽羅の香りが漂った。女はテーブルの下で、ぼくの手を握った。
 摂政の娘の顔が浮かんだが、すぐに目の前の少女しか見えなくなった。ぼくが握り返すと、女は立ち上がり、ビロードの幕で仕切られた奥の部屋へ誘った。立ち上がって従者の顔を見ると、黙ってうなずいた。すべてはお膳立てされていたというわけか。引かれるままに奥に入ると、寝台と小さな机があり、バターの灯が揺らめいている。
 少女は寝台にぼくを座らせると、ほの明るい部屋の中で衣をはがしていった。乳房が顔をのぞかせた。腰の帯を外すと、生まれたままの姿になった。たまらなくなって、ぼくも裸になり、床の中に入った。
 事が終わっても、女はぼくの体にしがみついている。そんなに良かったのだろうか。ということは、生娘ではなかったというわけか。
「君はぼくが誰だと思う?」
「観音さまの化身でしょ。私は貴い方と交わって、悟りを得たいと思ってるの」
「それは良かった。ぼくは、ダライラマだよ」
「まさか!」(つづく)


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2019年05月01日

ぼくがダライラマ?(71)

 部屋の奥から歓声が上がった。くやしがってテーブルを叩く牧人。口ひげを生やした胴元らしい男は、いずれかの寺の僧兵くずれなのだろう。毛むくじゃらの腕がひっきりなしに動き、サイコロが生き物みたいにはね回っている。
 ぼくは初めて博奕をしているところを見た。一攫千金を夢見て、手持ちの金を全部すってしまっても、巡礼のふりして物乞いをすればいい。ただ、坊さんの方が上手(うわて)かもしれない。巡礼なら餓死する恐れがあるが、坊さんなら祈祷の文句を唱えるだけで、たんまりお布施がもらえるわけだから。
「猊下もなさいますか」
「ぼくがやっても面白くないよ。いくら負けても、一文無しにならないんだから」
「では、まず酒からということにいたしましょう」(つづく)


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2019年04月24日

ぼくがダライラマ?(70)

 侍従に用事を言いつけると、ぼくは牧人に変装して、道案内の従者を引き連れ、ポタラ宮前の石段を下りていった。一歩一歩進むたびに、革靴の跡が雪の上に残されていく。すでに雲が切れてきて、月明かりでラサの町はぼんやり照らされていた。ランプの光が届かぬ先も、雪の道を闇の中から浮かび上がらせる。
 これから何が待ち受けているか。引き返すなら今のうちだ。人影はまばらで、通り過ぎる役人も、ぼくの正体には気づかなかった。石造りの四角い民家は、雪をかぶって丸みを帯びている。振り返ると、マルポリの丘にそびえるポタラ宮は、墨絵のようにぼんやり輪郭が浮かび上がっている。

 いきなり目の前の扉が開いた。勧められるままに入ると、店の中にいた男女が一斉にこちらを向いた。平民の女は化粧などしないものだが、ここにいる女は漢族のように白粉を塗っている。主人らしい目つきの鋭い男に、従者が手を上げて挨拶すると、示された角のテーブルへ進んでいく、石の壁は無造作に積まれており、木の窓枠とのすき間から風が入ってくるが、この席は傍らに炉があって、ヤクの糞を燃やしているから寒くない。(つづく)


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