2018年11月13日

ぼくがダライラマ?(60)

 そのまま出て行こうとした。ぼくは苛立った。思わせぶりの言い方が、当てこすりのように思えてしまったからだ。自分の娘を傷物にされて、黙っている父親があるだろうか。
「ぼくが娘さんに好意を抱いてるのを知りながら、何もなかったこととして嫁に出すわけですか」
「猊下の好意を受けたということは、娘にとって光栄の至りと申すべきことであり……」
「あなたは分かってるくせに、問い詰めようとしない。ぼくは龍王殿の中で密会してたんです」
「密会?」
「密会だけじゃない。結ばれたんです」
 にわかに摂政の顔色が変わった。青ざめていた顔が急に赤くなり、力なく垂れていた手も微かに震えている。ぼくは摂政にしてやられたと思った。言わなくてもいいことを、自分から白状させられたんだ。
「やはり、そういうことだったんだな。猊下が平民だったら、斬り捨ててやるところだ!」
 摂政はこちらの肩をつかんだ。激しく揺さぶられ、押し倒されそうになった。
「猊下は罪を背負って生きていかなくてはならない。娘のお腹に出来たのは、不義の子ということだ。相手の貴族もそれを知らない。娘が苦しむ分、その業に猊下も苛まれ続けるのです」(つづく)


 
「青空文庫」の作家、高野敦志の世界
http://itunes.apple.com/jp/podcast/qing-kong-wen-ku-no-zuo-jia/id504177440?l=en

Twitter
https://twitter.com/lebleudeciel38

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村


人気ブログランキングへ





ランキングはこちらをクリック!


posted by 高野敦志 at 03:13| Comment(0) | 連載 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年11月03日

ぼくがダライラマ?(59)

 足音が近づいている。ぼくは大きく息を吸った。侍従が着替えを運んできたのだった。病に伏せていた摂政が、猊下に挨拶にやって来るというのだ。
 戦慄した。血の気が引いていくのを感じた。表情が変わったのを悟られぬように、ぼくは窓の方を見やった。キチュ河の川面は、先ほどと変わらない。霞がゆっくり動いている。目を閉じてふたたび、侍従の顔を見ると、分かったと答えた。
 朝の勤行を始める。声に力がないのを感じる。瞑想をしても、心の乱れは治まらない。朝食のツァンパは、バター茶でこねても、喉をうまく通らない。そこで、バター茶だけを飲むことにした。体の芯から暖まり、どんなことになっても対処できる気がした。
 摂政が現れた。いつもながら、この男は老獪だと思った。確かに血色は良くないが、顔面を強張らせたまま、出仕を怠っていたことをわびて、感情を面に出さないようにしている。
「猊下のお耳にも入っているかもしれませぬが、娘が結婚いたすことになりました。そのことでいささか心を悩ましていた次第であります。では……」(つづく)


「青空文庫」の作家、高野敦志の世界
http://itunes.apple.com/jp/podcast/qing-kong-wen-ku-no-zuo-jia/id504177440?l=en

Twitter
https://twitter.com/lebleudeciel38

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村


人気ブログランキングへ





ランキングはこちらをクリック!

posted by 高野敦志 at 01:05| Comment(0) | 連載 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月22日

ぼくがダライラマ?(58)

 ぼくは空元気をつけていただけだった。摂政サンゲ・ギャツォが、病と称して屋敷にこもるようになると、もはや不安を隠すことはできなくなった。恐らく何かがあったのだ。あの夜のことが発覚したのか。
 眠れない夜が続くようになった。寝ているのか、起きているのか分からなかった。摂政の娘が床に横たわり、ぼくは夢中で犯しているのだった。気づくと、手がべとべとしている。女の股から血があふれ出し、顔を見ると血の気を失っている。恐る恐る触れると、手についていた血で、女の頬が赤く汚れた……。
 大声を上げて目が覚めた。すでに夜は明けていた。部屋の窓を開けると、冷ややかな風が入ってきた。ラサの町は朝日を受けて、煉瓦造の屋根に飾られた五色の旗タルチョが、ゆるやかにはためいている。天はぐっと高くなり、澄んだ青と対照的な鰯雲が、秋の到来を告げている。キチュ河の岸辺には霞がかかり、彼方の山並みは橙色に輝いていた。(つづく)


「青空文庫」の作家、高野敦志の世界
http://itunes.apple.com/jp/podcast/qing-kong-wen-ku-no-zuo-jia/id504177440?l=en

Twitter
https://twitter.com/lebleudeciel38

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村


人気ブログランキングへ





ランキングはこちらをクリック!

posted by 高野敦志 at 03:31| Comment(0) | 連載 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする