2018年03月04日

『バガヴァッド・ギーター』について

 これは「神の歌」を意味する。神とはクリシュナ神。悪鬼や悪王を退治した怪力の牧童で、日本の神話で言えば素戔嗚尊(スサノオノミコト)のようなもの。インドは多神教で、クリシュナは宇宙維持の神ヴィシュヌの化身とされる。クリシュナが説いたという教えが『バガヴァッド・ギーター』である。
 インド人が悟りを求める場合、山奥にこもってヨーガの修行をするというイメージが強いが、クリシュナは在家のまま行動することを勧める。相手が武人なら、戦いながらも悟りは可能だとする。肉体は滅びるが、魂(アートマン)は不滅だから死を恐れることはないというのだ。
 在家のままでも、すべてを平等に見る意識を保ち、信仰を持って祭祀を行い、しかも見返りを求めなければ、アートマンは創造神ブラフマンの境地に至ることができる。いわゆる「梵我一如」である。人が神と同一になるというのは、一見不遜なようであるが、神と融合しながら、意識は失わない状態を指すのだろう。これは人が仏になるという仏教と同様な考え方である。
 仏教とバラモン教、後のヒンドゥー教はどこが違うか。ともに輪廻からの解放を説き、修行によって解放された状態、悟りを目指している。仏教は無神論だという主張もあるが、大乗仏教ではヒンドゥー教の神々を取り入れているから、汎神論というのが正確なのではないか。修行の方法も瞑想やヨーガを用い、スートラ(経典)やマントラ(真言)を唱えたりする。唯一の違いといえば、仏教は無我の教えで、肉体の死後は同一性が維持されないとする。一方、ヒンドゥー教ではアートマンは死後も維持されると説く。

参考文献
『バガヴァッド・ギーター』(上村勝彦訳 岩波書店)


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2018年03月01日

小林良彰の『空海とヨガ密教』

 神格化された弘法大師空海ではなく、資料から浮かび上がる空海像を、想像力を含めて描いた労作。空海は土佐の室戸岬で、虚空蔵菩薩求聞持聡明法を成就した。奈良時代にはすでに密教が導入されていたが、体系化されていない密教であるため、あたかも密教は平安時代に渡来したという誤解を生んでいる。南都六宗は学問仏教だったという教科書の記述も、そうした誤解を助長している。
 空海自身は死の直前まで三論宗の僧侶であり、真言宗の立宗には積極的ではなかったという。それよりも、真言密教を普及させ、他宗を密教化することの方に関心があったようだ。この著作が論議を呼ぶとすれば、空海が『大日経』や『金剛頂経』の上に、『瑜祇経』を置いていたという主張である。深い三昧に達するには、儀礼や瞑想だけでは足りないということだろう。『瑜祇経』とは『ヨーガ・スートラ』に相当する物で、身体技法を用いて三昧に達することを目指すという。
 筆者の主張によれば、真言密教は入口であって、その奥には『瑜祇経』による三昧の境地があるとする。釈迦が到達した悟りに達するには、修禅がぜひとも必要であり、その道場として高野山を活動の地として選んだという。それによって即身成仏も可能になる。『大日経』『金剛頂経』による修行だけではなく、三昧に達するための禅が必要だという点である。
 ただし、これは日本の禅宗のイメージとは異なる。中国の禅僧が武術に通じていたように身体技法を伴う禅であり、そのための鍵が『瑜祇経』にあるというのだ。書物で論じられる日本の密教は『大日経』『金剛頂経』までであるが、深い三昧に導く技法は秘匿されてきたと筆者は見ている。
 自彊術と言えば、道家の導引を参考に中井房五郎が創案したとされるが、筆者は中井が白峰寺に伝わる身体技法を元に、自彊術を公開したものと見ている。日本の密教においても、ヨーガの身体技法が口伝で伝わってきたと考えるわけである。これは必ずしも荒唐無稽な考えとは思えない。というのも、真言宗の大僧正山崎泰廣氏が公開している阿字観の技法でも、部分的にヨーガの身体技法が取り入れられているからである。


主要参考文献
小林良彰『空海とヨガ密教』(学研)
山崎泰廣『密教瞑想と深層心理 阿字観・曼荼羅・精神療法』(創元社)


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2018年02月28日

臨死体験の瞑想「イントゥ・ザ・ライト」(4)

「体外離脱」はまれにしか起こらないと書いた日の夜、《臨死体験の瞑想》を聞きながら横になった。意識が朦朧としながら、声が聞こえる状態が続いた。突然、「体外離脱」してしまった。移行の過程は感じることなく、部屋の中を飛び回っていたのだ。数ヶ月ぶりだったので、ちょっとびっくりしてしまった。
 一つ気づいたのは、その部屋が今寝ている部屋ではなく、かつて自分が生活していた部屋だということだ。「体外離脱」したら、すでに物質的な世界ではなく、非物質的な世界に移行しているということらしい。今回はそれ以上進むことなく、尿意を感じて目が覚めてしまった。
 第三部では「体外離脱」の後、暗い世界を訪れる。そこは創造の源であり、具現化されていない潜在的な世界である。神の子宮とも言われる。そこで形になる以前の自分を感じる。そこに現れた光は、愛と慈悲、知性そのものである。導かれるまま、光の街にやってきて、クリスタルの建物の一つに入る。そこで、精神的な体験や学びをする。
 目の前に小川が見える。いわゆる三途の川で、その向こうに行けば、永遠にそこにとどまることを知る。ただ、ヘミシンクの《ゴーイング・ホーム》では、死後世界を訪れ、死者の魂が休らうフォーカス27まで体験できる。この世でやることが残っていれば、戻ってくることができるというのが、モンロー研究所の立場なのだろう。(つづく)


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