2018年03月01日

小林良彰の『空海とヨガ密教』

 神格化された弘法大師空海ではなく、資料から浮かび上がる空海像を、想像力を含めて描いた労作。空海は土佐の室戸岬で、虚空蔵菩薩求聞持聡明法を成就した。奈良時代にはすでに密教が導入されていたが、体系化されていない密教であるため、あたかも密教は平安時代に渡来したという誤解を生んでいる。南都六宗は学問仏教だったという教科書の記述も、そうした誤解を助長している。
 空海自身は死の直前まで三論宗の僧侶であり、真言宗の立宗には積極的ではなかったという。それよりも、真言密教を普及させ、他宗を密教化することの方に関心があったようだ。この著作が論議を呼ぶとすれば、空海が『大日経』や『金剛頂経』の上に、『瑜祇経』を置いていたという主張である。深い三昧に達するには、儀礼や瞑想だけでは足りないということだろう。『瑜祇経』とは『ヨーガ・スートラ』に相当する物で、身体技法を用いて三昧に達することを目指すという。
 筆者の主張によれば、真言密教は入口であって、その奥には『瑜祇経』による三昧の境地があるとする。釈迦が到達した悟りに達するには、修禅がぜひとも必要であり、その道場として高野山を活動の地として選んだという。それによって即身成仏も可能になる。『大日経』『金剛頂経』による修行だけではなく、三昧に達するための禅が必要だという点である。
 ただし、これは日本の禅宗のイメージとは異なる。中国の禅僧が武術に通じていたように身体技法を伴う禅であり、そのための鍵が『瑜祇経』にあるというのだ。書物で論じられる日本の密教は『大日経』『金剛頂経』までであるが、深い三昧に導く技法は秘匿されてきたと筆者は見ている。
 自彊術と言えば、道家の導引を参考に中井房五郎が創案したとされるが、筆者は中井が白峰寺に伝わる身体技法を元に、自彊術を公開したものと見ている。日本の密教においても、ヨーガの身体技法が口伝で伝わってきたと考えるわけである。これは必ずしも荒唐無稽な考えとは思えない。というのも、真言宗の大僧正山崎泰廣氏が公開している阿字観の技法でも、部分的にヨーガの身体技法が取り入れられているからである。


主要参考文献
小林良彰『空海とヨガ密教』(学研)
山崎泰廣『密教瞑想と深層心理 阿字観・曼荼羅・精神療法』(創元社)


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2018年02月28日

臨死体験の瞑想「イントゥ・ザ・ライト」(4)

「体外離脱」はまれにしか起こらないと書いた日の夜、《臨死体験の瞑想》を聞きながら横になった。意識が朦朧としながら、声が聞こえる状態が続いた。突然、「体外離脱」してしまった。移行の過程は感じることなく、部屋の中を飛び回っていたのだ。数ヶ月ぶりだったので、ちょっとびっくりしてしまった。
 一つ気づいたのは、その部屋が今寝ている部屋ではなく、かつて自分が生活していた部屋だということだ。「体外離脱」したら、すでに物質的な世界ではなく、非物質的な世界に移行しているということらしい。今回はそれ以上進むことなく、尿意を感じて目が覚めてしまった。
 第三部では「体外離脱」の後、暗い世界を訪れる。そこは創造の源であり、具現化されていない潜在的な世界である。神の子宮とも言われる。そこで形になる以前の自分を感じる。そこに現れた光は、愛と慈悲、知性そのものである。導かれるまま、光の街にやってきて、クリスタルの建物の一つに入る。そこで、精神的な体験や学びをする。
 目の前に小川が見える。いわゆる三途の川で、その向こうに行けば、永遠にそこにとどまることを知る。ただ、ヘミシンクの《ゴーイング・ホーム》では、死後世界を訪れ、死者の魂が休らうフォーカス27まで体験できる。この世でやることが残っていれば、戻ってくることができるというのが、モンロー研究所の立場なのだろう。(つづく)


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2018年02月25日

臨死体験の瞑想「イントゥ・ザ・ライト」(3)

 第二部も冒頭は同じである。力を抜いてリラックスしたら、自分の内部に振動を感じる。非物質的なエネルギーの周波数を上げることで、「体外離脱」の状態に移行するのである。まあ、実際に離脱することはごくまれだから、自己暗示でその状況を想像すればいい。
 部屋に光の存在が現れたとイメージしよう。それは自分自身のガイドである。目の前に幻像の片鱗が見えたら、それを光のトンネルに変える。ガイドに導かれる形で、トンネルをくぐって非物質的世界に移動するのである。
 トンネルの向こうには、緑の庭園が広がっている。テーブルの上には、大きな本が置かれている。そこには自分自身の人生が記されている。ページを開くと、人生で重要な場面が現れる。ここでは、その体験から何を学んだか、自分に問うことが求められる。面白く感じたのは、当時の場面が再現されると、自分自身の視点、関わった相手の視点、その場面を俯瞰する視点という三つの立場から、追体験できるという点である。
 仏教によれば、悪業によって地獄に堕ちた人間は、閻魔大王の前で浄玻璃の鏡の前に立たされる。嘘をついても、生前の行いがすべて映し出されてしまうという。キリスト教でも地獄が説かれるが、実際の臨死体験では、意識の肉体からの離脱はあっても、お花畑など楽園のイメージが現れることが多い。罪を犯した人間の場合には、自らを罰する意識が、地獄のような幻影を見させるらしい。だから、殺人などを犯していない場合は、恐れる必要はないようである。(つづく)


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