2018年04月07日

ディーパック・チョプラ/ルドルフ・E・タンジ共著の『スーパーブレイン』(2)

 ディーパック・チョプラにとっては、意識は脳が生み出したものであるとする物質主義の立場も、克服すべき誤りである。その反対に、意識が脳を生み出したのだという主張である。その根底には、インド思想と量子物理学が共有する立場がある。
 インド思想のうち、大乗仏教の唯識派では、世界は心が生み出したものに過ぎないと主張する。一方、量子物理学では、量子は波動であるか粒子であるか、確定することができないとされる。観察者の意識が関与することで、確率として存在する可能性が、現実として現れるとされる。人間の周囲に存在する対象は、見えるままに実在するわけではない。固体や液体、気体に見える物も、実際には量子の状態であって、それを観察する意識が物質として理解しているだけである。したがって、意識を変えれば、現実は異なった様相を帯びてくる。
 脳が進化したのも、意識が拡大したからだという。結びつきが強い人間同士は、たとえ空間的に離れていても、生理的に影響し合うことは実験で認められている。独立した脳が意識を生み出しているとしたら、こうした現象は説明できない。個人の意識の底に、共有する精神があるからこそ、空間を超えた情報のやりとりや、共時性といった現象が起こるというである。個人の意識というものは、宇宙に存在する精神という海に立つ波の一つであって、肉体が滅んだとしても、波を生み出した精神そのものは存続すると考えるのである。


参考文献
ディーパック・チョプラ/ルドルフ・E・タンジ共著『スーパーブレイン』(村上和雄監訳/大西英理子訳 保育社)


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2018年04月06日

ディーパック・チョプラ/ルドルフ・E・タンジ共著の『スーパーブレイン』(1)

 一口に東洋思想と言っても、インド思想と中国思想ではかなり異なる。仏教やヒンドゥー教を生んだインドは、現実を超えたものに対する志向が強い。現実や社会秩序ですら解体され、世界を支える原理を探究しようとする。一方、中国の儒教は社会秩序を肯定した上で、理想的な生き方を提示するので、現実を志向する傾向が強い。道教の場合も、社会秩序からの自由を説くが、目指すところは不老長寿で、超越的なものへの志向は必ずしも強くない。
 では、日本の場合はどうかというと、仏教、儒教、道教などの影響を受けているが、宗教家になるか学者になるか、奇人変人にでもならない限り、現実を超えたものを探究することは難しい。なぜなら、社会秩序に対する同調圧力が強く、人並みに生きることが理想とされるからである。一人一人が考えたり議論したりするより、上の者の指示に従ったり、周囲に合わせることがよしとされる。「長い物に巻かれろ」とか「寄らば大樹の陰」といったことわざが生まれたのも、そうした背景があるからで、強い者にはへつらい、弱い者は抑えつけ、反抗する者は叩き潰すか、排除するようになる。
 本書におけるディーパック・チョプラの主張は、インド思想に根ざしたものである。内省して自己の意識を拡大していくという姿勢は、個としての自立が前提としてあるので、同調圧力に屈する態度とは対極にある姿勢である。人並みに生きるというのは、最も忌避すべき生き方なのである。(つづく)


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2018年03月08日

臨死体験の瞑想「イントゥ・ザ・ライト」(5)

 第四部では知識の領域の拡大を図る。いつものようにリラックスしたら、非物質的な肉体が霧となって頭頂から抜け出すさまをイメージする。練習を繰り返すうちに、実際に「体外離脱」するこつが得られるようになる。要するに、肉体の感覚がなくなり、精神の働きのみが盛んになれば、非物質的世界への移行が可能になるのである。
 好きな場所に移動して、辺りの様子をありありとイメージする。思い出の地など懐かしい風景にいるように感じる。行きたいと思ったら、次の瞬間に移動しているのが「臨死体験」の特徴である。次に、その場から飛び立って、今までいた場所を見下ろす。天使になったような感覚である。すると、周りに自分と同じように、空を飛んでいる人たちが見つかる。
 正面に大きなトンネルが見えてくる。これを潜ることで死後の世界をかいま見ることができる。他の人たちを誘って潜っていくと、えもいわれぬ心地よい音楽が聞こえる。その先には光が待っている。魂の故郷に戻ることで、宇宙と一つになるのである。このシリーズの瞑想で最も快いので、楽しんで行うことができる。
 ただ、いつまでも留まっていることはできない。まだこの世でやり残していることがあるのだから。物質的世界に戻るための誘導がなされる。《ゲートウェイ・エクスペリエンス》の場合のように、指を動かしさえすれば、肉体の感覚が戻ってくるのである。


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