2018年11月19日

冨田勲の『宇宙幻想』

 シンセサイザーによる演奏が、全く新しい音楽の到来を予感させた。コンピューターの出す音は、アナログの楽器を模したはずだが、それが全くかけ離れていたところに、未来社会の到来を空想させてくれた。未来に対する夢を抱けた幸福な時代の音楽である。
 1曲目の「スペース・ファンタジー」は、リヒャルト・シュトラウスの《ツァラトゥストラはかく語りき》とワグナーの《ワルキューレの騎行》《タンホイザー序曲》をミックスした作品。ゾロアスター教の預言者、ツァラトゥストラの登場を表す荘重な出だしから、ワーグナーの楽劇『ニーベルングの指環』の神話的世界が、時空を超えた夢のように、渾然一体とした音の世界を形作っている。
 2曲目はオネゲルの《パシフィック231》。これは蒸気機関車の車軸配置を表すという。発車を表すベルの音、周囲に鳴り響く汽笛、機関車はゆっくりと動き出し、速度を上げていくさまがリアルに表現されている。途中で通過する警報器の音が、ドップラー効果を響かせているところに感動したものである。
 3曲目の《答えのない質問》は、アイヴスの室内アンサンブル。歪んだ空間の中に、すうっと吸い込まれていく感じで、宇宙に潜む危険な罠を暗示しているかの印象である。
 4曲目はジョン・ウィリアムズの《スター・ウォーズのテーマ》。軽快な電子音と口笛らしい音で始まり、シンセサイザーの電子音を最大限に活かして、原曲をアレンジしている。作曲家をからかっていると思われるほど、いたずら心があふれた作品である。
 5曲目はロドリーゴの《アランフェス》。悲壮な美しさをたたえたギター曲を、シンセサイザーによって翻訳した作品。テーマは同じでも、地上とはるか彼方の異世界ほどに表現の仕方が異なる。
 6曲目はグリーグの《ソルヴェーグの歌》。これはグリーグの組曲《ペール・ギュント》の第2組曲をアレンジしたもの。悲痛な短調の響きは、主人公ペール・ギュントを待ち続けた村の娘。ソルヴェーグの思いを表している。ここでも、富田は茶化すように、曲の最後の音程を狂わしている。
 7曲目はディニクの《ホラ・スタッカート》。前の曲とは一転して軽妙で愉快な曲。スタッカートとは音楽用語で、一音符ずつ短く切ることを意味し、はね回る音符の踊りを見ているようである。 、
 8曲目は「ソラリスの海」。スタニスワフ・レムのSF『ソラリス』を、ソ連時代の映画監督タルコフスキーが映画化した。『惑星ソラリス』に富田は触発されたという。映画でもバッハの《我汝に呼ばわる、主イエス・キリストよ》が用いられている。
 妻を自殺させてしまった主人公クリス・ケルヴィンは、宇宙船の中で亡き妻の幻覚に襲われる。罪悪感に苛まれたケルヴィンの姿を見て、原作者のレムはドストエフスキイの世界だと不満を洩らした。たしかにバッハの曲を背景に流すことで、タルコフスキーの映画は、SF仕立ての宗教劇の様相を帯びていた。
 この作品のテーマである惑星ソラリスは、星自体が生命体であるらしく、接近する者の意識を幻覚にいざなう。古代インド人は、宇宙を「マーヤ」(幻)と考えたが、ソラリスはそれを体現したような惑星である。《宇宙幻想》というアルバムの終結にふさわしい作品である。
 なお、海外版の《宇宙幻想》では、4曲目の《スター・ウォーズのテーマ》が第1曲目となっている。《スターウォーズ》の人気にあやかるためだろうが、国内盤の順序の方が、冨田勲の構想に忠実だと思われる。


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2018年11月18日

HARUの『銀河宇宙オデッセイ』

 1990年にNHKで放送された『銀河宇宙オデッセイ』は、宇宙旅行仕立てのドキュメンタリーで、少年時代の宇宙への夢を擬似的に実現させてくれた。オデッセイというタイトルは、ホメロスの叙事詩『オデュッセイア』に由来する。ニューヨーク在住の日本人ギタリストHARUが作曲したテーマ曲を聴くと、番組を見た時の各場面がよみがえってくる。
 1曲目の「オデッセイ〜序曲」は、番組の冒頭で流された曲であり、僕自身が若かった頃の宇宙への憧れをよみがえってくる。2曲目の「イオ」は木星の惑星イオをテーマとした曲。宇宙に向かって噴火を続ける星が、地球以外にあったという点で、観測当時は大きな衝撃を与えた。個性的な衛星をたたえるように「イオ、イオ」という呼びかけの声が、電子音楽にミックスされている。
 3曲目の「フォッシル・コスミック」は宇宙の化石という意味。宇宙空間に漂う星の残骸をイメージしているのか。ギターの華やかな演奏と、軽快で心弾むメロディーが印象的である。4曲目は「タイム・パラドックス」。時間の逆説とは、速度を上げて移動すると、時間の流れが遅くなる相対性理論をイメージしているのか。謎をかけるような、迷路に誘い込むような印象である。5曲目の「エピソード・オデッセイ」は、ひとときの休息を促すような、一日の終わりを告げるようなメロディー。
 6曲目の「ルナ」はラテン語で月を意味する。子供たちの歌声に始まり、月を見て宇宙に思いを馳せた幼い頃を思い起こさせる、ちょっと感傷的な音楽。7曲目の「タキオン」は、光速を超えて移動すると仮定されている粒子のこと。重低音の鈍い響きが、ミステリアスな空間のねじれへといざなう。もし光速を超えて移動できたら、時間が逆行してしまうが、未来から過去を改変できないというパラドックスにぶつかる。特殊相対性理論では、その存在は否定されていないというが。
 8曲目の「ネビュラ」は星雲のこと。宇宙空間に漂うガスであり、そこから新たな恒星が誕生する。あらゆる可能性を秘めながら、まだ始まっていない状態。期待だけが膨らんでも、人類の宇宙への旅は実際には始まっていない。9曲目はふたたび「テーマ」曲。1曲目のメロディーを変奏して、ゆったりとしたテンポで幕を閉じる。


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2018年11月12日

廃仏毀釈で修験道がなぜ目の敵にされたか

 江戸時代の庶民にとって、日本で最も偉いのは江戸の公方様、二番目に偉いのが領主であるお殿様だった。江戸時代の外交では、徳川将軍は日本国王、大君であり、アメリカのペリーは、Emperorである徳川家慶宛の大統領の国書を持ってきた。
 幕府は初代将軍、徳川家康を神格化することで、権力を揺るぎないものにしようとしていた。そこには、天台宗の僧天海の入れ知恵があった。徳川家康は東方浄瑠璃世界の教主である薬師如来が、化身として日本に生まれた神、東照大権現であるという信仰が編み出された。日本中に東照宮が作られたのはそのためである。
 幕末になると、尊王攘夷の思想が擡頭するが、天皇が日本の中心であるという思想は、水戸学の影響を受けた武士や、国学者の間にはあったものの、庶民の間では依然として、江戸の公方様が日本の支配者だった。
 天皇中心の新政府を作るためには、真言宗が説いた信仰、「日本の神は仏の化身」という本地垂迹説が都合悪かった。天照大神の子孫が天皇であると主張する上で、天照大神が大日如来の化身であっては、日本がアジアの中心であるという思想を、庶民に刷り込むことができないからである。また、仏教の説く慈悲の精神を否定しなければ、徴兵制によって庶民を戦地に送り込んで、敵兵を討たせることもできない。
 神仏習合を体現していたのが修験道である。山伏は半僧半俗の存在で、幕府の宗教政策のもとでは、真言宗や天台宗の支配下に置かれていた。修験道が信仰の中心にしていたのは、仏の化身である神、権現だった。修験道の開祖、役小角が感得した金剛蔵王権現や、熊野三社の熊野権現が、古来から信仰されていた。武蔵国の高尾山では飯縄大権現、相模国の大山では石尊大権現といったように、修験道では神仏習合の多くの権現が信仰されていた。
 明治維新で幕府の権威を失墜させるためには、神仏分離を行い、東照大権現を否定する必要があった。権現という存在を抹殺する上で障害になる修験道は、明治政府はよって徹底的に弾圧されたと考えられる。


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