2012年03月17日

ITと大学生活

 インターネットの普及は、ほしい情報を手軽に入手させてくれる反面、情報の海の中に人をおぼれさせる。通信にかかる費用や、ネットに釘付けになる時間もバカにならない。本を読む時間は若い頃と比べれば、確実に減ってきている。そんな便利な物が昔はなかったから、学生時代は友だちと競い合って、名作や思想書を読みあさったものである。
 現代の大学生はネットサーフィンに時間を費やし、必要な情報がどこにあるかも、インターネットで検索する。人間は易きに流れやすいものだから、提出されたレポートが立派であるほど、教師の側は疑ってかからなければならない。サイトからのコピー&ペーストが後を絶たないからである。しかも、彼らはそれが不正行為であるという認識が乏しい。では、あなたがたも若い頃は、レポートを書くとき、本から文章を写さなかったの? という問いかけがなされそうだ。確かに成人したばかりは、自分も大して常識を持ち合わせていなかった。だから、引用する部分と自分の意見を明確に分けてレポートを書いていたか、と問い詰められると、はなはだ心許なくなる。
 ただし、一つ言えることは、当時はインターネットがなかったために、レポート一つ書くためにも、数冊の本を読んで、そこからレポートに必要な情報を探し出さなければならなかったのだ。ようやく見つけた後は、手書きで写さなければならない。それを調べる過程で、情報の幾割かは若い頭脳に吸収されていく。たとえ、独創的な考えを導き出せなかったとしても。インターネットからのコピー&ペーストでは、レポートを提出してしまえば、後はほとんど頭脳に残らないだろう。
 インターネットのマイナス面ばかり強調してしまったが、決定的に現代の大学生が恵まれているのは、語学学習である。英語やフランス語の本を読むために、分厚い辞書を数十回も引かされるのは、大半の学生にとって苦痛以外の何物でもなかった。ところが、現在は電子辞書にアルファベットを入力するだけでいい。紙の辞書と比べて視覚に入る範囲が狭いと言われ、探している周囲の言葉に目を配ることがないなど、ここでもマイナス面を指摘されたりするが、電子辞書でもパソコンやタブレットPCにインストールされている物なら、目に入る範囲は紙の辞書と比べて、必ずしも劣っているとは言えない。
 また、絶版になった本を探して古本屋を歩き回ることなく、目当ての本を全国の古本屋から検索して買い求められるのも、インターネットがなければできなかったことである。この場合も、古本屋を巡る楽しみは、思いがけない本との出会いではないか、という反論はなされるだろうが。
posted by 高野敦志 at 00:12| Comment(0) | 語学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする