2014年03月12日

コギト・エルゴ・スム(1)

 デカルトの有名な言葉に、「我思う。ゆえに我あり」というのがある。原文は Cogito ergo sum.であるが、ラテン語には人称変化があり、cogitoは一人称単数であるから、主語が欠けていても「我思う」と訳されるのである。sum も同様に「我あり」となる。デカルトの母語フランス語では、すでに人称変化が不完全となったため、Je pense,donc je suis.というふうに、主語を明示しなければならない。
 僕が疑問に思ったのは、「我思う。ゆえに我あり」という文語体の寸言が、口語体の日本語ならどう訳されるべきか、ということである。それに答える前に、デカルトの言葉の表すところを、深く味わってみる必要がある。一般的な解釈に従えば、思考することによって自我の存在が確認されるという意味である。
 では、思考を開始した段階で、その主体は一体何者なのだろう。それは意識には違いないが、自我であるという保証はない。思考による検証を経て、初めてその意識が自身であることが確認されるのだから。(つづく)

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2014年03月11日

文章心理学とは(2)

 志賀直哉の文章

・センテンスが短く、その長さが一定していないことから、事物に即して描写を行っているのが分かる。

・直観的に対象をとらえるので、文章は簡潔になり、名詞や助詞の出現率が高くなる。

・直喩が少ないので、視覚的な表象力の弱い人にはイメージがとらえにくいだろう。

 谷崎と志賀の違いに関しては、前者を「散文的」、後者を「詩的」と考えることもできるだろう。谷崎の小説の方が一般受けがよく、志賀の小説を好むのが一部の層に限られるのも、その辺と関連がありそうである。散文詩のような短篇を書いた梶井基次郎が、志賀の文章を手本にしていたというのは、伝記を読んだ方ならご存じだろう。
 同書にはその他、文体研究をしていく上で、示唆的な意見が随所に見られる。たとえば、過去の事実を現在形で記す「歴史的現在」という語法を、「過去の回想が現在のことのように、生き生きとした感動をともなったことを示す手法」と位置づけている点などである。
 現代作家がこれを多用するようになったのは、心理描写を重視していることと関連があるからであり、また接続詞を多用する傾向は、心理的な連続性を文章で再現しようとするためであるという。

参考文献
波多野完治著『文章心理学』(大日本図書)

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2014年03月09日

文章心理学とは(1)

 文章が上手か下手は、言葉によって世界をいかに分節するかにかかっていると、波多野完治は述べている。「文章心理学」という研究分野は、文章の特徴を分析することで、書き手の性格がいかに反映されているかを、見ていこうとするものである。これは文体研究を進める際に、多くの示唆が得られるものである。というのも、文の長さや使用する品詞の割合から、作家の文章が持つ特色が把握できれば、波多野が行った手法に基づいて、他の作家の文章も分析していけるからである。
『文章心理学』と題された本の中で、最も興味を引く論文は、「谷崎・志賀両氏の文章の形態的相違」である。波多野の行った分析結果を、以下に簡単にまとめてみるので、その対照的な特徴に注目してもらいたい。

 谷崎潤一郎の文章

・センテンスが長く、その長さが一定していることから、自身の呼吸に合わせて文章を書いているのが分かる。

・人に分かりやすく説明するので、同じ主体についての説明がくどくなりがちで、そのために動詞の出現率が高くなる。

・説明的に表現するために、読者に理解しやすい直喩も多くなる。絵画的に描いていくその文章は、視覚的な表象力が弱い人向けのものである。(つづく)

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