2018年05月28日

「と」「ば」「たら」「なら」の違い

 人間は似ていることを区別するのが苦手である。フランス語を勉強していた頃、フランス語の単語を思い出そうとすると英語の単語が浮かび、英語でしゃべろうとすると、フランス語の単語が邪魔をした。
 同じようなことは、中国人の日本語学習者が、日本語で文章を書いているときにも起きる。中国語の簡体字が混入してしまうのである。また、中国語で話しているのに、日本語の漢語が混じってしまい、国の友人に怪訝な顔をされたという話も聞く。
 松尾芭蕉の俳句に

 物言へば唇寒し秋の風

というのがある。
 人の短所を言ったりすると、後味が悪いものだという格言のように使われるが、「物言へば」の部分は、現代語なら仮定条件を表す「仮定形」で「物を言うなら」だが、芭蕉の俳句は文語だから「已然形」で確定条件となり、「物を言ったので」ぐらいの意味となる。
 文語の場合、仮定条件を表すなら、「未然形」に接続する。「物言へば」ではなく、「物言はば」となるのである。慣用句の「言わば」は、「たとえて言ってみれば」という意味で、現代語なら、仮定形で表されるところなのである。古典の授業で習ったことを忘れると、この辺の違いが分からなくなってしまう。

 名にし負はばいざ言問はむ都鳥
  わが思ふ人はありやなしやと

 東京の浅草に言問橋という橋があるが、この和歌は『伊勢物語』の中で、在原業平とされる主人公が、都鳥という名の鳥に向かって、「名前に都とついているなら、都鳥よ、質問しよう、私の大切に思う人は無事かどうか」と問うたものである。都鳥というのはユリカモメのことで、「これなむ都鳥(これこそ都鳥です)」と聞いたばかりだからこそ、「名にし負はば(名前についているなら)と、詠んだのである。

 現代語の「春になれば桜が咲く」は、文語の已然形に由来する「恒常条件」である。「春になると桜はいつも咲く」のである。一般に、「ば」を従属節に用いる表現では、主節に意志や希望、命令の表現は来ない。
「もし雨が降ってくれば、キャンプは中止しなさい」は非文となる。その場合、「もし雨が降ってきたら」というのが正しい表現となる。にもかかわらず、従属節の用言が「ある」など状態性の動詞や形容詞なら、「質問があれば、手を挙げてください」「安ければ、買いたいです」と言えてしまうのである。
 このように、「と」「ば」「たら」「なら」の区別は煩瑣を極め、日本語話者であっても、文法的な使い分けを説明するのは、容易なことではない。
 そこで、「基本的な用法」と「応用的な用法」に分けて整理してみた。網羅的に学習するのは難しいが、よく用いられる表現を一通り押さえておけば、自分が表現する際の誤用は避けられる。上級の日本語を学習している外国人学生や、日本語を教えている方は、参考にしていただきたい。

 以下のリンクからダウンロードできます。
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2016年12月29日

『実用変体がな』について

 古典文学や日本史の専門家は、活字ではない写本を読めなければならない。実際に見ると、墨で書かれた文字を判読するのは容易ではない。字体が崩れているだけではなく、現代人が使わなくなった「変体がな」が多数使われているからである。
 以前、自分のルーツが知りたくて、曽祖父の戸籍を調べていると、読めないひらがなが出てきた。それが「変体がな」だった。「変体がな」は人名にはよく用いられていたし、そばやの看板の「そば」の字は、「楚」の変体がなと、「者」の変体がなに濁点のついた字が用いられている。国語学者の山田孝雄の著作も、活字の「変体がな」が用いられている。谷崎潤一郎の『盲目物語』の和綴じ版にも、「変体がな」が多く出てきた。
 日本語の専門家の端くれなので、かな研究会篇の『実用変体がな』を購入してみた。これは大学や短大の授業で用いられるように編纂された本である。例えば、ひらがなの「あ」は、「安」「阿」「愛」「亞」「惡」の草書体が元になっているのが分かる。しかも、写本の「安」を崩した見本は30以上もある。漢字の原型をとどめているものや、現在のひらがなに近い形まで崩されている字は読みやすいが、難しいのは崩し方が独特で「め」や「ろ」と誤読しそうな字体である。よくもこんなにあると気が遠くなったが、当時は墨で書いていたので、字によってはこれだけバリエーションが出てきてしまう。
 今回紹介する本の利点は、コンパクトにまとめられている点と、実際の用例も収録されている点である。「変体がな」がつながって書かれるとどうなるか、写本の例で確かめることもできる。巻末にはカタカナの「変体がな」の例も収録されている。
 実際に覚えたいなら、見本を見ながら筆で書いた方がいいだろう。どんな漢字の草書体かと覚えておくだけでも、実際に「変体がな」と出くわしたときに戸惑わずに済む。
 中学校ではかな文字は平安時代に成立したと習った。それ以前は万葉がなが用いられていたのも分かっていた。それ以上のことを知ったのは、成人してからだった。「変体がな」は万葉がなが部分的ではあるが、20世紀まで生き残っていた名残なのである。

参考文献
 かな研究会編『実用変体がな』(新典社)

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posted by 高野敦志 at 00:37| Comment(0) | 日本語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月22日

日本語の表記

 前島密は将軍徳川慶喜に対して『漢字御廃止之議』を提出し、漢字の廃止や口語体の採用などを建白した。近代化を押し進めるには、学習に時間がかかる漢字が障害となると考えたからである。
 同時期に活躍した思想家西周は、具体的に日本語をアルファベットで表記する方法を研究した。ここで注目されたのは、表記を発音によるのではなく、歴史的仮名遣いによった点である。時代の変遷を経て、表記は変わらなくても発音は変化していく。表記を保存することで、古代語との関係は視覚的に維持されるのである。また、アルファベットを用いる英語なども、表記と発音に大きな隔たりがある。西周の場合、それにならったとも言えるだろう。
 結局、西周の場合も、漢字仮名交じりの表記を支持することになる。漢語における同音異義語が、アルファベットでは区別できなくなり、読み手にとって意味が十分に伝わらない場合も出てくるからである。固有名詞を除いて漢字を廃止した韓国語では、そうした問題が起こっている。
 第二次大戦後、日本語における漢字はふたたび、存続の危機に立たされる。民主主義の普及の妨げになると考えられたからである。「小説の神様」と言われた志賀直哉などは、日本語そのものの使用をやめて、フランス語を国語とすべきだと発言している。日本語は廃止されなかったけれども、発音に即した現代仮名遣いが施行され、漢字の字体は簡略化された。使用される漢字も制限され、「当用漢字表」が制定された。漢字は当座の使用にとどめ、いずれ廃止することが念頭にあったからである。「当用漢字」が「常用漢字」となり、漢字は将来にわたって使用されることとなった。
 漢字は学習には時間がかかるが、造語力に優れているし、未習の専門用語であっても、漢字の組み合わせによって意味を推測できる。見た瞬間に、何について書かれた文章か分かるなど、文章を理解する上で大きな役割を担っている。また、和漢混淆文なども古語で書かれているが、表記が変わらない漢字によって理解が助けられるなど、日本語にとってなくてはならないものになっている。

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