2018年10月27日

詩と人生「蝶と猫」(pdf)

 日本詩人クラブ、俳人協会の会員だった父、高野邦夫が、生前に行った詩と人生に関する講演を文字起こししたものです。軍国少年として予科練に志願し、終戦を境に価値観の崩壊を体験したこと、教員生活や闘病生活を通して、詩とは何か、いかにすれば詩が生み出されるかについて語っています。講演のほかに、若い頃の写真や略年譜、自身の青春について述べた肉声も収録されています。
 今回はパソコンですぐに開けるpdfを公開します。Adobe Acrobat Readerの「フルスクリーンモード」だと、バーチャルな書籍がモニターに再現されます。以下のリンクからダウンロードして下さい。
 以下のリンクから、ダウンロードできます。
shitojinsei.pdf

 父は生前に多くの詩集を出版していますが、多くはすでに品切れの状態です。それらの詩集から私が選んだ詩を『高野邦夫詩撰』としてまとめました。関心を持たれた方は、このブログ、およびpodcast(https://itunes.apple.com/jp/podcast/qing-kong-wen-ku-no-zuo-jia/id504177440?l=en)で検索なさって下さい。

 iTunesからダウンロードする場合は、ミュージック→iTunes→iTunes Music→podcasts→当該のフォルダの下に、ファイルが入ります。
 IEでダウンロードした場合は、拡張子をzipからepubに変えて、下記のアプリでご覧下さい。

 なお、パソコンのiTunesで「購読」したり、iOSのアプリpodcast(https://itunes.apple.com/jp/app/podcast/id525463029?mt=8)でマイpodcastに登録すれば、確実に新しいエピソードが入手できます。

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2018年10月25日

バタイユ Bataille 試論(pdf)

 20世紀フランス文学の重要な作家・思想家のジョルジュ・バタイユ Georges Batailleを、文学と哲学の両面から紹介した「バタイユ試論」を、パソコンですぐに開けるpdfで配信します。バタイユは「私は哲学者ではない聖者だ。でなければ狂人だろう」と書き、サルトルから「新しい神秘家」として批判されながらも、フランス思想文学の作家として多くの著作を残しました。
 本書はバタイユの短編『マダム・エドワルダ』の紹介に始まり、ニーチェやヘーゲルの哲学との関連を述べた後、長編『C神父』を『エロティシズム』で論じられた思想や、未知の対象に立ち向かう作家という立場から分析します。さらに、バタイユに特有な過激な形容詞の使用から、文学は宗教に代わるべき存在であるという、バタイユの文学観にまで触れます。
 以下のリンクからダウンロードして下さい。Adobe Acrobat Readerの「フルスクリーンモード」だと、バーチャルな書籍がモニターに再現されます。
Bataille.pdf
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2018年10月24日

河瀬直美の「あん」

 ドリアン助川の原作で、監督は河瀬直美。主人公の徳江を演じたのは、今年九月に亡くなった樹木希林。どら焼き店の店長千太郎を永瀬正敏、常連の女子中学生ワカナを、樹木希林の孫の内田伽羅、徳江の友人佳子を市原悦子が演じた。
 ハンセン病患者は、かつて不治の病として強制隔離されていた。隔離が終わってからも、身寄りのない人々は施設で暮らしている。人々の偏見はいまだになくならない。
 徳江は餡作りの名人で、隔離されて奪われた人生を、外の世界で働くことで取り戻そうとしている。徳江の作った餡を入れたどら焼きは、おいしいと言って評判を呼ぶ。裏方で餡作りだけしていた徳江は、店の表で働くようになり、中学生のワカナと親しくなることで、人間らしい喜びを取り戻すようになる。
 しかし、徳江がハンセン病を患っていたことが噂になり、どら焼き店は客足が遠のく。徳江は辞めざるを得なくなり、施設でこもりっきりの生活に戻る。ワカナは家で飼えない小鳥を連れて、千太郎とともに徳江を訪ねる。あれほど生き生きしていた徳江は、生きる張り合いをなくし、すっかり気力を失っていた。入れ歯を抜いていたこともあるが、表情の落差を演じきっているのには感嘆した。
 徳江は籠に入れられた小鳥が、施設に隔離された自分のように思えて、外に放してしまう。ほどなく徳江は消え入るように亡くなる。その最期を、友人の佳子が千太郎とワカナに語っていく。実話そのものであるかのように、飾りっ気はないのだが、心にしみるドキュメンタリーを見た気がした。観客に問題意識を投げかける作風である。
 樹木希林が最後に主演した映画で、この時期にはすでに自身の命が長くないことを悟っていたのだろう。束の間の喜びを胸に抱いて、この世を旅立つ徳江の姿に、迫り来る自身の最期を重ねて演じていたのか。

 僕が生前の樹木希林をテレビで最期に見たとき、すでに体調が良くなかったのだろう。歩き回るのもつらそうだった。末期癌であるとともに、喘息の発作にも苦しんでいた。身の回りの整理をしているようだった。癌を克服したと言われていたが、癌はそんな生やさしい病ではないと強調していた。余命を宣告されていたからだろう。
 樹木希林は二十代の頃から、お婆さんを演じていた。僕が初めて樹木希林の演技を見たのは、朝ドラの『はね駒』(はねこんま)においてだった。斉藤由貴演じる女性記者りんの母やえを演じていた。味のあるユーモラスな演技が印象に残った。あれから三十年以上の歳月が流れている。


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