2020年02月11日

市川慎一先生のこと

 市川慎一先生は、早稲田大学第一文学部で、十八世紀のフランス文学、とりわけ、ドゥニ・ディドロの研究をされていた。学部時代は文学史とフランス語作文の授業でお世話になった。
 夏休みの課題で、フランス語に翻訳したい日本語を準備しておくようにとおっしゃったので、僕は北海道旅行したこともあって、アイヌ人の風習に関する文を提出した。その授業には、森孝雅氏も参加していた。森氏が提出した文章を見て、市川先生は「これ、ほんとに自分で作ったの? 小説の文章としか思えないんだけど」とおっしゃった。森氏は現在、三輪太カのペンネームで小説家、文芸評論家として活躍している。
 大学院の修士課程に入った僕は、ジョルジュ・バタイユの研究を始めたわけだが、思想家であり、小説家でもあったディドロの『ラモーの甥』に興味があったので、二年連続市川先生の授業を受けた。その授業の中で、僕はディドロの芸術論の根底にある、美のとらえ方を学んだ。
 ディドロが語る理想的な美は、実在する個々の事物から優れた部分を抽出し、それを巧みに組み合わせることであり、素朴なリアリズムにとらわれていた自分に、美を創造する方法を教えてくれた。
 また、ディドロが愛人ソフィー・ヴォランに宛てた書簡では、死後に肉体を失った二人の魂が一つになるさまが綴られ、知性偏重に見られがちなディドロのロマンチストとしての側面を知ることができた。
 結局、僕はフランス語の実力に絶望して、フランス文学の研究を、修士論文を書いただけで終えてしまった。その後も、市川先生は僕の将来の身の振り方について、気を遣ってくださったのだが、ちょっとした行き違いから、先生を怒らしてしまい、そのままになっていた。
 早稲田大学を退職された後は、国内外で教鞭を執られ、二〇一六年(平成二八)に瑞宝中綬章を受賞された。二〇一九年(平成三一)に逝去。従五位に叙勲された。


「青空文庫」の作家、高野敦志の世界
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2020年02月10日

ネルヴァル Nervalをめぐる随想(pdf)

 19世紀フランスの詩人、小説家であるジェラール・ド・ネルヴァルをめぐるエッセイ集です。シュルレアリスムの先駆者であり、プルーストにも影響を与えたとされるネルヴァルは、夢と現実の世界を生きて珠玉のような作品を残しました。
 ここでは代表作の「シルヴィ」「オーレリア」をはじめ、奇妙な寓話「緑の怪物」や、フランス革命で処刑されたカゾット、プルーストとネルヴァルのテキスト、無意識の世界に触れる方法などについて紹介しました。
 今回はパソコンですぐに開けるpdfをアップロードします。Adobe Acrobat Readerの「フルスクリーンモード」だと、バーチャルな書籍がモニターに再現されます。以下のリンクからダウンロードしてください。
Nerval.pdf

 iTunesからダウンロードする場合は、ミュージック→iTunes→iTunes Music→podcasts→当該のフォルダの下に、ファイルが入ります。

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2020年02月09日

平岡篤頼先生のこと

 平岡篤頼先生は評論家、小説家として知られているが、長らく早稲田大学第一文学部の教授を務めてこられた。また、第八次『早稲田大学』の発行人で、雑誌の刊行には私費を投入されておられたという。
 平岡先生の専門はフランス文学であり、学部の学生にはヌーヴォーロマンを教えておられた。「新しい小説」という意味で、ロブ=グリエやクロード・シモンなど、非人間的な視線で無機的な描写をする小説であり、従来の小説からすれば「新しい」かもしれないが、日本人の感性からは受け容れにくい。ヌーヴォーロマンの周縁に位置する女流作家、マルグリット・デュラスの方が、日本人の心に訴えるものがある。
 僕は平岡先生の授業で、デュラスの『愛』という小説を読んだ。詩的で簡潔な文章なので、フランス語が苦手な学生でも読める。ただ、しっくり来る日本語に訳すのが難しい作品である。
 そもそも、フランス語は日本語に翻訳するのが容易ではない。抽象的な言い回しが多く、具体性を好む日本語に訳すのには、原作者の立場になって、もしこれが日本語で書かれていたら、という観点から訳す必要がある。機械的に翻訳していては、ちんぷんかんぷんの日本語になってしまうのである。
 授業の中で、デュラスのIl a plu.という文章を、平岡先生は「雨がやんだ」と訳された。直訳すると「雨が降った」だが、雨がやんだ時点で、「雨が降っていた」ことを認めたわけだから、「雨がやんだ」が的確な訳ということになる。
 当時、僕は文芸専修に在籍していた。小説家やジャーナリストを輩出させるために作られたというのは建前で、平岡先生の話によると、卒業論文が書けない学生を救済するために作られたということだ。平岡先生は文芸演習の授業も担当されており、後藤明生や森敦の小説を読みながら、実際に文章を書く指導もされていた。
 当時の僕はまだ、自分の文章が書けるような段階に達しておらず、ヌーヴォーロマンの直訳のような、味も素っ気もない描写しかできずにいた。小説作法を教える授業を期待していた学生は、いささか拍子抜けしたりもした。本格的に小説の書き方を習いたいなら、カルチャーセンターへ通いなさいと言っておられた。
 文芸専修に進んだ学生の多くは、自意識過剰なところがあり、「我こそは」という意気込みで書いた文章を、平岡先生に酷評されて逆恨みする学生もいたそうだ。「文学部のスロープで待ち伏せされてるんじゃないかと思ったよ」と冗談交じりで話されていた。
 文芸専修の最後の授業で、平岡先生は「このクラスには将来作家になるような人間はいないだろう」と予言された。僕は何くそという気持ちになり、いつかはその予言が外れたことを知らしめたいと思ったものだ。二十代の終わりに、某文学賞を受賞したものの、大きな収穫は上げられぬまま年を取っていった。
 その後、フランス文学関係の場で、何度かお顔を拝したことはあったが、二〇〇五年(平成一七)平岡篤頼先生の訃報に接した。

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