2018年05月17日

小説「海に帰る日」(pdf)

 日本が元気だった昭和の後期、遠いふるさとへの思いに駆られた母は、家を出たまま戻らない。認知症を発症した老母を見守る息子の記憶は、軍靴が高鳴る混乱期に生きる、まだ若かった母の面影を追っていく。

 自作の小説をパソコンですぐに開けるpdf形式で配信します。以下のリンクをクリックすると開きますので、パソコンに保存してご覧下さい。Adobe Acrobat Readerの「フルスクリーンモード」だと、バーチャルな書籍がモニターに再現されます。ほのぼのした世界を描きましたので、ぜひご覧になってください。
uminikaeruhi.pdf

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「青空文庫」の作家、高野敦志の世界
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posted by 高野敦志 at 04:07| Comment(0) | 文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月15日

映画『男はつらいよ』について

 今回、山田洋次監督の『男はつらいよ』シリーズ全作を見て、僕自身が感じたことをエッセイの形でまとめることにした。これは一種の「覚え書き」であり、作品自体を見たことがない人にとっては、何の参考にもならないだろう。また、作品の印象を述べるに当たって、どうしてもあらすじに触れざるを得なかった。
 いわゆる「ネタバレ」の問題は、作品について論じる場合には、どうしても切り離すことができない。とはいっても、『男につらいよ』のシリーズでは、余り大きな問題にはならない。久し振りに寅次郎が柴又に戻ってきて、とらやの人たちと大喧嘩をする。飛び出していった旅先で、出会った女性と恋に落ちるものの、相手に振られるか、自ら身を引いて失恋というパターンは、多少のバリエーションを示しながらも、大きく変わるところがないのだから。
 では、なぜ、『男はつらいよ』のシリーズは人気を保ち続けてきたのか。懐かしい昭和時代の下町の人情、旅先で出会う日本各地の風俗を描いたからとも言われるが、車寅次郎という主人公が、堅苦しい日常に縛られないアウトローであるところが大きい。寅次郎のように、他人との衝突を恐れずに本音が言いたい、世間の常識などにとらわれずに、自由気ままに生きたいという願望を、誰でも持っているからだろう。

 では、車寅次郎という主人公は、どのような形で生まれたのだろうか。山田洋次監督は『寅さんの教育論』の中で、『男はつらいよ』を構想した経緯に関して、寅次郎を演じた渥美清の少年時代がヒントになったと述べている。

 渥美さんは、三日ぐらいにわたって、旅館の部屋でごろごろしながら、いろんな話をしくれたんです。いわばその話の内容が、「寅さん」という映画の原型となっていると思うんですけれど、それは主として彼の少年時代の思い出話でした。

 そこから葛飾柴又、帝釈天の参道、団子屋に車寅次郎という不良少年といった設定が自然に浮かんできたという。勉強についていけず、授業が分からなくても、渥美少年には学級の生徒の心をなごますという特技があった。一見役に立たないように思えるものでも、必ず存在する意味がある。何でも杓子定規に扱う平成の世とは異なり、昭和時代にはいい意味でのいい加減さもあった。温かく人の成長を見守る余裕もあった。山田監督が渥美清の死をもって、「男はつらいよ」シリーズの製作打ち切りを決意したのも、車寅次郎という主人公の原型が、少年時代の渥美清にあったからである。

 観客はとらやの人々を家族のように感じ、封切られるたびに、懐かしい人々との再会を喜ぶ。現実の世界におけるように、寅次郎も中年、初老へと年を重ねていく。妹さくらの息子、満男も幼児から小学生、中高生を経て、大学生、社会人へと成長していく。その間に観客自身も人生を重ねていく。毎回、寅次郎が引き起こす騒動と、恋と失恋というパターンを繰り返しながらも、らせん構造のように、時の流れというものを、観客の胸に刻んでいったのである。


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posted by 高野敦志 at 04:13| Comment(0) | 文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月14日

番外篇の『虹をつかむ男 南国奮斗篇』

 これは『男はつらいよ』とは関係がない。また、前作の『虹をつかむ男』とも設定が異なっている。前作では「オデオン座」は四国の山あいにあったはずだが、鹿児島という設定に変わっている。亮も葛飾柴又でサラリーマンの両親と、マンション住まいをしていたはずだが、今回は戸越銀座にある平山工務店の息子という設定である。
 東京に出てきた映画館の館主活男は、酒をめぐるトラブルから、錦糸町警察の留置場にいる。身元引受人として、以前活男の映画館で働いていた亮が呼び出され、亮の家族の厄介となることに。ところが、風呂桶を壊すやら、熱い鍋の載ったお膳を引っ繰り返すやら。おまけに、ものすごいいびきをかいて、さんざん迷惑をかけて翌朝出て行く。
 秋葉原の電気店を解雇された亮は、父親と喧嘩して家を飛び出す。向かった先は鹿児島の「オデオン座」。すでに閉館しており、行方を捜してたどり着いたのは、奄美の喜界島。そこで亮は、子連れのシングルマザー節子と知り合う。ただ、節子には荒くれ者の兄がおり、妹が東京の男に捨てられたことに怒りを抱いている。節子に好意を持った亮に対して、理不尽な暴力を振るう。
 その頃、亮はふたたび活男のもとで、映画の移動上映の助手として働くようになる。なぜ「オデオン座」が四国の山あいから鹿児島に変更されたか。それは場面を奄美の島々に移すためには、四国からではあまりに唐突だと感じられたからだろう。また、亮の家族が変更されたのも、『男はつらいよ』とは無関係の作品として設定したかったからだろう。
 活男の方も、昔映画館で働いていた松江と再会し、ボートの中で熱い夜を過ごす。ただ、松江は夫も子供もいる身である。一夜の夢でしかなかったはずなのに、活男は松江の自宅に押しかけていき、迷惑がられてしまう。何事も本音で生きていく活男は、『男はつらいよ』の寅次郎のように、失恋を運命づけられているのだろう。
 ただ、『虹をつかむ男』は二作をもって制作が打ち切られた。活男自身、魅力的な人物として描かれているが、映画の移動上映をしている設定では、バリエーションを生み出すことが難しい。また、亮という青年も純情で好感が持てるが、寅次郎のようにアウトローとして生きる人間ではない。いずれ結婚して、平凡ながらも幸せな家庭を持つはずである。その人生の一時期を切り取った作品としては、ほのぼのとした映画に仕上がっている。


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