2020年04月07日

弓削三男先生のこと(1)

 弓削三男先生は、九州大学文学部仏文科を卒業し、フランスのストラスブール大学とパリ大学に留学された。九州大学の教授になった後、早稲田大学の平岡篤頼教授の勧めで、同大学第一文学部で教鞭を執られるようになった。
 弓削先生がフランス留学から帰国した後、夫人となるコレットさんが来日した。はるばるフランスから追ってきた恋人の姿を見た時ほど、喜びに満たされたことはなかったそうだ。コレット夫人の姿が、ドイツから森鴎外を追ってきたエリスのように見えたのだろう。
 先生は学部では、プルーストを教えておられた。僕は文芸専修の出身だったので、先生に教えていただいたのは、大学院の修士課程に入ってからだった。大学院でも研究指導と平行して、ジャン=ピエール・リシャールのプルースト論などを読んでいた。コレット夫人には、学部時代にフランス語会話を教えていただいた。
 年末には都内の先生のマンションに、研究室の学生たちがうかがった。弓削先生のお話から、コレット夫人のことを、とても大切に思っておられることが感じられた。コレット夫人は一人娘で、フランスにご両親を残してきたこと、結ばれたことが運命的だったとしても、一人娘を日本に連れてきてしまったことを、気にしておられた。
 ご夫妻には子供がおられなかった。部屋では猫が二匹飼われていた。また、コレット夫人が集めた多くの人形が飾ってあった。弓削先生の説明によれば、それは子供を作らなかったことで満たされなかった母性本能が、代償として人形に向けられたものだということだった。
 早稲田大学には、軽井沢にセミナーハウスがあり、夏休みには合宿して、学生たちが研究発表をしていた。その途中で蓼科に近い八島湿原を、数台の車に分乗してドライブしたことがあった。車を止めると、道ばたに花が咲いていた。コレット夫人は思わず手に取り、胸元に抱きしめるようにして、日本語で「かわいい」と言った。いくつになっても、乙女のような心を持っている方だった。
 帰り道の中央高速で、弓削先生の車と学生の車は、スピード競争をしていた。すでに日が暮れていたというのに。ちょっと危ない気もしたが、先生も少年の心を持っておられたのだろう。(つづく)


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posted by 高野敦志 at 02:22| Comment(2) | 文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
(メールが届かない感じなので、こちらに書きます)

この弓削先生の話は、さっそく、ツイートしました。
https://twitter.com/rigide_t

読んでみて、記憶がおぼろになっていた部分がよみがえってきました。
弓削先生の授業で読んだのは、ジャン=ピエール・リシャールのプルースト論です。

コロナは先行きが見えない感じですね。どうなることか。
Posted by 吉澤 at 2020年04月07日 14:55
確かに、ジャン=ピエール・リシャールのプルースト論でしたね。記憶が曖昧でした。本文に書き加えました。続きをアップロードするので、もし感じたことがあったら、また書き込んで下さい。ちなみに、仏文科の窪田般彌先生、平岡篤頼先生、市川慎一先生についても書きましたので、よろしかったら眼を通してください。
Posted by 高野敦志 at 2020年04月07日 18:20
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