2019年12月25日

ぼくがイヌ派だった頃(39)

 大五郎の病状は悪化していった。心臓の発作が余りに苦しそうなので、獣医に往診してもらった。注射を打つと症状は治まったが、いつ再発するか分からず、医師が到着するまでは、飲み薬を投与するように指示された。
 しかし、餌の中に混ぜただけでは、錠剤だけ残してしまう。包丁で潰して肉の缶詰に混ぜるしかなかった。老化も進んでいき、眼球が白濁してきた。人間の白内障と同じで、目もほとんど見えなくなった。脳血栓の症状も出てきて、まっすぐ歩かせようとしても、同じ方向に回転してしまう。
 そこで、玄関を柵で仕切って、その中に大五郎を入れておくことにした。それでも、便意を催すと、大きな声で鳴いた。犬は嗅覚が人間の一億倍もあるため、自分が眠るところでは、糞便はしたがらないのである。
 真夜中でも鳴くと、大五郎を抱き上げて通りに連れていった。小便をする間も、体を支えてあげなければ倒れてしまう。老犬介護は数ヶ月続いたように思う。

 ついに、大五郎は餌を食べられなくなった。食べようとしても、飲み込めないのである。最期の時が近づいてきた。三日後、ちょうど獣医が休みの日に、大五郎は激しい心臓発作に襲われた。薬を飲まそうとしても吐き出してしまう。どうすることもできなかった。苦しみは夜通し続いた。
 翌朝、大五郎はコンクリートの上に横たわっていた。眠っているものと信じたかった。用事があって、ちょっと外出して戻ってきた。僕は元気がいい頃の、立ち上がった大五郎を想像したが、現実に目にしたのは、布がかけられた姿だった。仏壇から香炉を借りてきて、線香をあげた。
 子犬の姿でうちに来てから、十八年半。人間の赤ん坊が高校を卒業するほどの時間が、その間に流れていた。高校生だった僕も、三十半ばを過ぎていた。青春とともに、大五郎も去っていったのだった。


「青空文庫」の作家、高野敦志の世界
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posted by 高野敦志 at 01:50| Comment(0) | 文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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