2019年07月27日

ぼくがイヌ派だった頃(15)

 残され道は成り行きに任すというものだった。クロのように少しずつ弱っていき、物置に移されて、最期の時をひっそりと待つという形か。ぼくの記憶では、クロは具合が悪くなってから、かなり生きていたような気がする。精神力だけで生きていたのか。
 サブの方はどうだったろう。獣医から連れて帰るときは、息が弾む程度でそれほど苦しそうではなかった。この分ではサブもしばらく生きているんだろうと思った。

 ぼくは小学校の五年生で、夏休みに箱根の林間学校に出かけた。小涌園のホテルに泊まったが、夜は枕投げの戦争ごっこになった。ゆっくり寝ているどころではない。しまいには、自分の寝る場所までなくなった。次の日は、芦ノ湖の湖畔を歩かされていたが、降りが激しくて、傘を差していてもズボンがぐっしょり濡れた。帰りの日になって、ようやく天候が回復し、貸し切りバスの後ろの席で、機嫌を取り戻していたのを覚えている。
 帰宅して数日後、サブが苦しそうにしていた。歩いて獣医の所に連れて行けそうにない。そこで、病院に電話すると、サブを車で迎えに来てくれた。
 病院の車の荷台にサブは乗せられた。サブは黙ったまま、じっとこちらを見ていた。ぼくには分からなかったが、サブは悟っていたようだった。これが別れであるということを。
 翌朝、獣医から電話があった。夜の間にサブが死んだという話だった。引き取りに来るかと獣医に聞かれ、母は病院で処分してくださいと答えた。ブロック塀の上に屋根をかぶせた犬小屋は、最後に連れ出したときのままだった。塀に開けられた穴から、サブが首を出すことはもうない。(つづく)


「青空文庫」の作家、高野敦志の世界
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posted by 高野敦志 at 02:53| Comment(0) | 文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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