2019年03月07日

ぼくがダライラマ?(66)

 うつむいている新婦の首に、絹地の布がそろりと触れた。彼女は気後れした様子もなく、こちらを見上げた。二度と見つめ合うことはないことを、自身に言い聞かせるように。何か言葉をかけようとしたが、焦燥にかられるばかりだった。彼女の瞳は凍りついている。ぼくはわけが分からなくなった。
「これでいいんですか?」
「えっ?」
「ぼくは確認しておきたいことがある」
「ああ!」
 触れてはならないことに触れているんだ。生まれてはじめて結ばれたことが、そんなにいけないことだったのか。単に思い出として残るだけだったら、こんな美しいことはないだろうに。ぼくがダライラマであるために、人として自然に湧き上がる想いも、欲望も否定しなければならないのか。すべてを打ち壊したい衝動に、自分は駆られていた。
「ぼくたちの赤ちゃんは?」
 ああ、言ってしまった。新婦は吐き気を催したように、その場にしゃがみ込んでいる。周囲は騒然となり、摂政と侍従が駆け寄っていった。
「おまえは何を言ったんだ!」
 摂政は顔色を変えて、こちらを睨みつけた。列席した高僧や貴族がざわめき出した。こちらまで目まいがしてきた。


「青空文庫」の作家、高野敦志の世界
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posted by 高野敦志 at 02:31| Comment(0) | 連載 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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