2018年12月10日

ぼくがダライラマ?(61)

 ぼくが身をふりほどこうとすると、摂政は皺の深く刻まれた顔で、口答えは許さないといった気迫でにらみつけた。
「猊下は結婚式に出席されるのです。何事もなかったように、祝辞を述べていただきます。臣下はその言葉に感激することでしょう。ダライラマとしての風格が出てきたと、口々に述べることでしょう」
「そんなことはぼくにはできない」
「いやしていただかなくてはなりません。猊下は君臨されているのです。ただ言われるままに振る舞うだけでいいのです。気がつくと、ご自分がダライラマでしかないということ気づくでしょう。死して後まで、猊下は臣下に崇拝される身なのですから」
 ぼくはポタラ宮に連れてこられた頃、摂政に案内された紅宮の墓所のことを思い出した。黄金の霊塔には歴代のダライラマの遺体が納められ、昼なお暗い空間の中で、押しつぶされそうになったのだった。ぼくもあそこに埋葬される! 平民は死ねば身を猛禽に布施して、魂は青空の高みにまで連れていかれるのに。そうした自由さえ許されていないのかと思うと、気が遠くなりそうになった。(つづく)


「青空文庫」の作家、高野敦志の世界
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posted by 高野敦志 at 04:03| Comment(0) | 連載 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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