2018年09月04日

ぼくがダライラマ?(54)

 召使いが櫂(かい)で池の底を突くと、舟は音もなく水面を滑っていく。舳先にくくりつけられたランプは、草の生い茂った龍王殿の周囲を照らしている。息を凝らしていると、娘が手を伸ばしてきた。
 そのとき、舟が左右に揺れた。ぼくは危うく声を出すところだった。もう岸に着いてしまったのだ。神殿は黒い塊にしか見えない。この中には、龍王が住まっているのだろうか。知らぬ間にすべてがお膳立てされ、自分はそれに乗せられていくようだ。
 召使いが中に入ると、すでに神殿の内部は、多くのランプで照らされていた。急な階段を娘の手を引き登っていくと、最上階の瞑想の部屋は、かつて見た時とは異なる様相を帯びていた。
 香ばしい匂い立つバターの火が、ヒスイ色に輝く壁面の行者の像を、まるで息をする人間と思わせるほど、生々しく浮かび上がらせていた。片膝を立てて耳を澄ます姿は、肌のぬくもりを感じさせ、今にも壁面から抜け出しそうに見えた。
 閉ざされた神殿の中では、夢と現実の境が定かではないようだった。人間の姿をしていても、それが魔物であるかもしれない。摂政の娘は取り憑かれたように、壁面を埋め尽くした像の中で、とりわけ奇怪な体位をした男女の姿を見つめていた。(つづく)


「青空文庫」の作家、高野敦志の世界
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posted by 高野敦志 at 02:23| Comment(0) | 連載 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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