2018年08月15日

ぼくがダライラマ?(51)

               七

 それから悶々とした日々が続いた。ぼくは自分がとんでもないもめ事に、巻き込まれようとしているのを感じた。摂政の娘からの申し出を無視してしまったら、あの女は嘆き悲しむだろうが、やがて父親の命じるままに貴族に嫁ぎ、平凡ながらも幸せな一生を送るだろう。
 ただ、ポタラ宮で仏教を学び、与えられた政務をこなすことが、延々と続くのではないかと思うと、やり切れない思いにかられるのだ。あの娘に近づかない方がいいと思うほど、摂政の屋敷でよこした文の言葉、ただの一度でいいから一対一で話したいという言葉が、女の声となってよみがえってくるのだった。
 夜になって一人で部屋にこもるとき、ぼくは同じことばかり考えていた。もし会いに行かなければ、行かなかったことを悔いて、会ったときのことをあれこれ空想して、かえって心が乱れるのではないか。それなら、会ってあとは、なすがままにまかせればいいじゃないか。(つづく)


「青空文庫」の作家、高野敦志の世界
http://itunes.apple.com/jp/podcast/qing-kong-wen-ku-no-zuo-jia/id504177440?l=en

Twitter
https://twitter.com/lebleudeciel38

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村


人気ブログランキングへ





ランキングはこちらをクリック!

posted by 高野敦志 at 00:56| Comment(0) | 連載 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: