2018年03月30日

沖縄を旅して

 僕が沖縄を旅したのは、二十代の終わりと三十代の前半、まだ二十世紀だった頃である。それからもう二十年も経ってしまった。飛行機に乗ってしまえば、本島で二時間、宮古島でも三時間で着く。現在では石垣島への直行便も飛んでいる。とはいっても、島々をゆっくり巡るには費用も時間もかかる。本土から遠く離れているだけでなく、文化面でも本土とは異なる点が多い。
 沖縄の文化は中国を父、日本を母として育ったと言われる。食文化や住居を見ても、中国と日本を折衷したものが多い。琉球王国の時代、明や清に朝貢していたから、琉球国王は中国の皇帝から冊封を受け、領内では中国の元号が使われていた。ただし、住民の多くは古代に九州から移住した人々であるとされ、文化の深層では日本人が忘れてしまった精神を伝えている。ウチナーグチと呼ばれる琉球方言も、耳で聞いて分からないとはいえ、日本語の方言の一つである。その一方で、古代の日本とは異なる創世神話を持ち、祝女やユタなどの独特な宗教文化を育んできた。
 ところが、琉球処分以降、本土の日本人は沖縄に対する差別感情を抱くようになった。これは琉球王国の時代、侵攻した薩摩藩が琉球の使節に対し、異国風に装うことを強要したこと、地名の漢字表記なども、分かりにくく改変してしまったこと、本土の日本語がほとんど通じなかったことなどが関係する。
 それが第二次世界大戦における沖縄戦の悲劇を生む。日本人に同化することを強いられ、方言を話すことは厳しく禁じられた。地上戦が行われたために、県民の四人に一人は死亡したとされる。本土が形式的に独立した後も、アメリカによる統治は続き、日本に復帰した後も駐留するアメリカ軍基地の多くが、沖縄に集中するという結果を生んだ。そして今、辺野古に建設されようとしている基地をめぐって、反対する住民に対して本土の警官が多数送り込まれ、力尽くで抑え込もうという威圧的態度が問題となっている。本土の日本人は、いまだに沖縄の魂を傷つけているということを忘れてはならない。


「青空文庫」の作家、高野敦志の世界
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posted by 高野敦志 at 03:14| Comment(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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