2017年12月30日

サロマ湖は変われど(5)

 ようやく合点がいった。当時は栄浦大橋がなかったのだ。竣工したのが昭和六十三年だから、前回訪れた四年後ということになる。ワッカネイチャーセンターもなかったはずだ。やはり三十年余の歳月の隔たりは大きい。
 自転車で二キロも進むと、湿原の彼方にコンクリートの橋が見えてきたが、あんな丈の高い無機質な物はなかった。風景に合っておらず、何だか浮き上がってしまっている。あの日のぼくは、名古屋大学のカップルと一緒に、営林署のおじさんから、オホーツク海でのホタテ貝養殖や、次々に押し寄せる流氷について教えてもらったのだった。
 橋はもっと丈が低かった。湖口に流れ込む海水が、貼り付けられた鉄板をはたはたと叩いていた。水面はすぐそこに見えていたのに、今でははるか見下ろす形になっている。(つづく)

「青空文庫」の作家、高野敦志の世界
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 橋はもっと丈が低かった。湖口に流れ込む海水が、貼り付けられた鉄板をはたはたと叩いていた。水面はすぐそこに見えていたのに、今でははるか見下ろす形になっている。(つづく)

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posted by 高野敦志 at 03:22| Comment(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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