2017年09月28日

「んみゃーち」の宮古島(17)

 おばさんの息子さんは、本土の高校の野球部に入っているそうだ。練習がきついらしいこと、サボりたくて帰郷したかどうかは分からないが、僕がユースホステルを訪れた日に那覇を発ち、羽田行きの飛行機に乗ったとのこと。息子を思う情が伝わってきた。
 ちなみに、宮古島ユースホステルは、二〇一七年の四月に、「宿 タテッチャー」と名称が変更されている。年齢層にこだわらないゲストハウスとなっている。今の若者はユースホステルには泊まらないんだろう。見知らぬ人と交流するのが好きじゃないのか。それ以前に、アルバイトも学費を稼ぐためで、夏休みに旅に出る余裕もないのか。

 タクシーに乗り込んだ。いよいよ僕も、本土に戻る日が訪れた。宮古空港を離陸すると、しばらく西平安名崎と池間島、それに池間大橋を眺めていた。宮古島に着いた翌日の午後、はるか下に見える橋を渡っていたことを思い出した。七時頃まではまだ日があり、凪いだ海を黄金色に染めていた。
 午後七時半過ぎ、那覇上空を通過したが、雲に覆われて何も見えなかった。ただ、八時近くまで西空には緑色の線のような光が残っていた。すでに紀伊半島上空まで達し、一時間ほどで羽田に着陸する。今回の旅もまもなく終わる。宮古島の海は美しかったが、陸地はサトウキビ畑と林ばかりだった。

「青空文庫」の作家、高野敦志の世界
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posted by 高野敦志 at 04:38| Comment(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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