2017年06月16日

ぼくがダライラマ?(6)

 ぼくはまだ何も知らなかった。こうした生活がいつまでも続かないということを。口の周りをべとべとにしながら、トゥクパを食べていた。
 そのうち、何かがおかしいことに気がついた。チャンを飲んでいるのに、お父さんが口をつぐんだままだったからだ。お母さんは羊のゆで肉をほぐしながら、お皿の上にのせてくれたのだが、袖口で目の縁をぬぐっている。
「どうしたの。何がそんなに悲しいの?」
 お母さんは顔をあげて、作り笑いをした。
お父さんに何か言ってもらおうとしても、チャンを飲み続けるだけだった。
「一緒に食事するのは楽しいわよね。今日の日のことは、決して忘れないわ」
「おい、やめろ!」
 お父さんは小声で言うと、膝の上に乗るように手招きした。何も知らずに乗っかると、大きな掌でぼくの頭をなでた。
「よく聞け。おまえは明日から旅に出る。お母さんの言うことをよく聞くんだぞ」
「えっ、旅行って? お父さんも行かないの?」
「ヤクや羊の世話があるだろ……」
 お母さんは袖口を押さえたまま、寝室の方に走っていった。ぼくが追いかけていこうとすると、お父さんは「ここに座れ」と正面の椅子を指さした。部屋の隅に置いてあったダムニェン(チベッタン・ギター)を取ると、即興で弾きながら歌い出した。言葉が難しくてよく分からなかったけれど、門出を祝うメンパ族の歌であるらしかった。(つづく)

「青空文庫」の作家、高野敦志の世界
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posted by 高野敦志 at 00:45| Comment(0) | 連載 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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