2017年05月31日

ぼくがダライラマ?(2)

 まだ言葉をしゃべり始めたばかりなのに、ぼくは何でもよく覚えていた。お父さんが解体した羊の肉を持ってくると、お母さんは顔を輝かせてお湯を沸かす。その間、お母さんはヤクのミルクを木の筒に入れて、棒を出したり入れたりしている。お茶に入れるバターを作っているのだった。
 羊の肉が食べられるのは、お祭りや特別の日だけだった。たとえば、お父さんがお母さんとけんかして、仲直りしたいと思った日とか。ぼくが骨付きの羊の肉にかぶりつくと、食べっぷりが豪胆だといってほめられたっけ。口の周りにツァンパ(麦こがし)をつけていると、見かねたお母さんが口をふこうとしたら、「甘やかすんじゃない」とお父さんが怒った。それなのに、ぼくの方を向くと、笑顔を隠せないんだから。
「おまえ、大きくなったら何になりたい」
「ぼくは大きくなったらお坊さんになりたい」
 お父さんは機嫌がいいのに、お母さんはもう不安そうな顔をしている。ツァンパをバター茶でこねる手が止まっている。
「だって、この国でいちばん偉いのはお坊さんでしょ。きれいな着物を着て、おいしい物たくさん食べて、汗水流さずに居眠りしていられるんだから」
「この子は恐ろしいことを言うね」
 おびえたようなお母さんの顔に、お父さんの表情もくもった。お父さんのような在家の行者と、出家したお坊さんとでは、役人の扱いがまったく異なっていたからだった。子どもながらも気まずい思いをしたことを覚えている。(つづく)

「青空文庫」の作家、高野敦志の世界
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posted by 高野敦志 at 01:36| Comment(0) | 連載 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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