2017年03月28日

琉球村と那覇の街(2)

 琉球の古い民家の間を歩く。漆喰で固められた朱色の屋根瓦を見ると、中国風の造りに見えるが、家の中には畳や襖、障子があって日本風。中国を父として、日本を母とした折衷の文化なのだ。琉球という名も中国風、沖縄という名は日本風。方言なら「ウチナー」だけれども。
 水牛が飼われているところなど、中国南部かベトナムあたりの風景を思い起こさせる。水牛は石臼につないで回らせ、サトウキビを搾らせている。その汁を煮詰めれば黒砂糖となる。お腹が空いたので、シークヮーサーを飲んで、黒砂糖入りのポーポーを食べた。
 琉球村で長居してしまったために、那覇に着いた頃には、日が西に傾きかけていた。バス路線がよく分からず、重い荷物を背負っていたので汗だくになった。迷った結果、波上宮に行った。海の彼方にある理想郷、ニライカナイの神々に祈った聖地だったが、沖縄固有の信仰と熊野権現への信仰が融合して、社殿が造営されたのだという。
 千三百年代には琉球国王が鎮護国家のために、真言宗の護国寺を別当寺として併設した。このあたりは、神仏習合の本土の宗教と似ているが、庶民レベルでは仏教は広まらず、ユタという巫女による神下ろしがもっぱら行われた。(つづく)

「青空文庫」の作家、高野敦志の世界
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posted by 高野敦志 at 03:31| Comment(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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