2020年03月31日

尾崎一雄の私小説

 尾崎一雄は私小説作家と言われる。私小説というと、作家自身をモデルにした小説というわけだが、必ずしも一人称小説とは限らない。長編『芳兵衛物語』の多木太一は、貧乏生活をしていた新進作家、尾崎一雄がモデルの三人称小説である。芳兵衛と呼ばれている芳枝は、妻松枝がモデルと考えられる。穴八幡宮など、早稲田大学界隈が描かれているので、自分の学生時代のことが思い出された。
 文筆だけで食べる貧乏暮らし、妻の着物を質屋に入れさせて食いつなぐ。今ではあり得ないような生き方である。今の作家なら自分自身で働くか、妻に働かせるだろう。作家個人の心境を描いたとしても、それが劇的でなければ、現代の読者の関心を引くことは難しい。太宰治のように、女と心中して相手を死なせて、警察沙汰になったりしなければ、刺激に慣れた現代人の心は躍らない。
 短編「虫のいろいろ」は随筆のような作品だ。こちらは語り手が「私」の一人称小説である。天井の蜘蛛を眺めたり、瓶や窓の隙間に蜘蛛を閉じ込めたり。梶井基次郎の「冬の蠅」を連想させる。病気がちだった尾崎は、梶井と似たような心境だったのだろうか。痛みを伴う病を抱えた「私」は、蜘蛛にも不自由を強いるという加虐性を持っている。額の皺で蠅を捕まえるといった裏技も、そうした屈折した思いが反映しているのだろう。便所の窓から富士山を眺めるという奇想も、太宰治の「富嶽百景」からヒントを得たのか。
 ただし、読んでいて陰湿な感じはしない。虫の気持ちになって描いているからである。蜂は力学的に飛べないことを知らないから、飛んでしまうことから、不可能を可能にする希望を見いだしたり。また、子供の問いから宇宙の壮大さに思いを馳せたり。
 現代人は作家の身辺雑記のような小説を、受け容れないかもしれない。とはいえ、読者の関心を呼ぶために奇をてらう小説が多い中で、生活に根ざしたリアリティを描く大切さを、改めて思い起こさせてくれる。


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2020年03月30日

自粛はいつまで続くのか

 新型コロナウイルスの猛威は、いつになったら終息するのだろうか。終息させる方法としては、希望者全員にウイルス検査をさせ、感染が分かった段階で、特効薬のアビガンを投与する。肺炎を起こした段階では、肺の細胞が破壊されて後遺症が残る。インフルエンザの場合と同様に、初期段階で投与することが重要である。
 アビガンに関しては、妊婦が服用すると胎児が奇形化するなどの副作用があるので、服用するかどうかは、本人の意思を確認する必要があるだろう。ワクチンが開発されるまで、免疫力で頑張れというのは、ウイルスの変異が激しい点で困難である。抗ウイルス作用のある薬が流通すると、他の薬が売れなくなるという利権で、国民にアビガンを隠し続けてきたようだが、日本経済が根本から引っ繰り返り兼ねない事態に、隠しきれなくなってきたのだろう。
 感染拡大を阻止するには、他国のように通勤も含めた外出禁止が欠かせない。それには、経済的な補償が伴わなければ、国民は納得がいかないだろう。インターネットでは、四月上旬から三週間、都内の外出禁止が予定されているらしい。実行されるかどうか分からないが、想定される期間は三週間。学校再開も先延ばしにされるのだろう。ゴールデンウィーク前に禁止を解かなければ、サービス業の倒産ラッシュが発生するので、判断が難しいに違いない。


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2020年03月29日

箱根にあった駒ヶ岳(5)

 駒ヶ岳山頂の野性味あふれる風景に、心を奪われていたわけだが、十数年前に訪れたら、全く異なる光景が広がっていたはずだ。現在はロープウェイで登るしかないわけだが、かつてはケーブルカーも山頂まで引かれていた。
 ケーブルカーの頂上駅は、山頂の散策路を進んだ東の端にあった。現在は柵があって下りられないようになっている。上空からでなければ、まさかこの下に駅があったとは分からないだろう。
 さらに箱根元宮の前に広がる草原だが、かつては巨大な屋外スケートリンクと、管理棟やレストランが設置されていた。ケーブルカーの登り口駅は、湖岸から離れた山麓にあり、廃線後は車の通行も禁止されている。当時は新宿駅からケーブルカーの登り口まで直行バスがあり、駒ヶ岳山頂のスケート場に観光客を運んでいたのだ。
 スケート場は閉鎖されてしばらく、廃墟として放置されていた。壁は落ちて天井も抜け、スケート靴は棚の中に放置されていた。レストランのメニューが、無造作に床に放置されていた。それら一切合切が処分されて、駒ヶ岳山頂は絶景を取り戻したのだった。

 富士山をいつまでも拝んでいたかったが、昼食をとるために山を下ることにした。箱根園に着くと、辺りは押し寄せた観光客でごった返していた。外国人がいなくなった箱根を、日本人が取り戻そうとしていた。
「大涌谷に向かう道路は、大渋滞が起きていますよ」
 みやげ物屋の店員が教えてくれた。観光バスの職員も、バスが時間通りには全く運行できていないとこぼしていた。そこで、昼食を済ますと、桃源台まではバスで出て、ロープウェイで大涌谷に向かうことにした。
 運良くロープウェイは空いていた。窓から見下ろすと、大涌谷に向かっている自家用車が、駐車場には入れずに大渋滞を起こしていた。姥子では誰も下りず、大涌谷にほどなく到着。十五年ほど前、日本語学校の学生を引率してきたことがあったが、それ以来だった。(つづく)

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