2020年02月26日

水原紫織の『もう一人の「明治天皇」箕作奎吾』

 幕末の志士の間では、南朝正統論があった。後醍醐天皇を裏切った足利尊氏によって、北朝の天皇が擁立されたことへの批判があったからである。不思議なことに、北朝の孝明天皇の皇子であるはずの明治天皇も、南朝が正統であると主張している。
 そこから、明治天皇は長州に匿われていた南朝の子孫、大室寅之祐であるという伝説が生まれた。鹿島昇の『裏切られた三人の天皇』が展開する説である。
 『もう一人の「明治天皇」箕作奎吾』を書いた水原紫織氏は、ルベッキ群像写真の大室寅之祐こそ本物の睦仁親王であり、明治天皇にすり替わったのは、蘭学者箕作阮甫の孫、英国に留学していた箕作奎吾であると主張している。その仮説を裏づけるために、大胆な推理が展開されている。孝明天皇も崩御されず、本物の睦仁親王とともに、徳川慶喜に守られて静岡で隠棲されていたという。
 本書が衝撃的なのは、日英修好通商条約によって、日本がイギリス女王支配下の属国になったということ。条約の本文にある「大君」(徳川将軍)を、明治天皇が「天皇」であると言い換えたことで、イギリスによる日本支配が二十世紀に入っても続いていたという点である。イギリスの属国となることを望んだ人物としては、福沢諭吉らの名前が挙げられている。
 さらに、長崎の出島に来ていたオランダ人は、実はイギリス領ネーデルラントから来たユダヤ人であり、徳川家康が重用したウィリアム・アダムス(三浦按針)も、ユダヤ系のイギリス人であり、鎖国によって欧米からの侵略を退けていた日本も、幕末にイギリスの支配下に入った経緯が明らかにされている。


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posted by 高野敦志 at 00:43| Comment(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする