2020年02月03日

魂のこもった文章

 人を感動させるのは、魂がこもった文章である。エッセイや小説を書く人なら、どうしたら魂が込められるか、試行錯誤した体験はあるだろう。学生が書いた文章を評価する過程で、その問題について痛感させられた。
 論理的な文章は、訓練さえ積めば、ある程度の水準に達することができる。文学的な文章も、表面的に上手に書くことはできるが、魂がこもった文章にはなかなかできない。
 若い人は経験が少ないが、知識欲は旺盛だから、自分が知った面白い話を脚色しようとする。しかし、大抵は頭で書いている。知識をありきたりな描写で脚色しているだけである。なぜありきたりになるかと言えば、経験が圧倒的に欠けているからである。
 自分が深く知らないことは、掘り下げて考えることができない。魂で実感したことを、探りながら書かなければ、人の心を動かすことはできない。現実の世界は両義的な意味を持っている。恋人の唇を吸って、甘いと書いただけでは伝わらない。ボーイフレンドの腋臭が臭かったり、ガールフレンドの口が納豆臭い方が、よっぽどリアリティがある。
 頭で書いている限り、人を感心させることはできても、感動させられない。魂で書くためには、よく知っていること、経験したことを書いていくしかない。タブーを侵すことを恐れず、人の心をありのままに描くには、日記を書き続けていくことが最適である。

「青空文庫」の作家、高野敦志の世界
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posted by 高野敦志 at 04:38| Comment(0) | 文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする