2020年01月14日

「贋作 男はつらいよ 石切慕情」

 題名を見れば分かるように、これは「柴又慕情」のパロディーである。前回、箱根で知り合った歌子が「くるまや」にやってきた。これは箱根で寅次郎に頼まれた、さくらへの「結婚祝い」のご祝儀を渡すためである。
 ようやく贋作のスタッフも波に乗ったようである。歌子の来訪に上機嫌の寅次郎は、皆の前で落語の腕前を披露する。江戸落語が旦那衆へのお座敷芸で始まったのに対し、上方落語が大道芸から始まったということを、乗りに乗った話芸でまくし立てる。一同は目を丸くして喝采する。歌子を演じた松下奈緒の、訴えるようなまなざしが魅力的だった。
「寅さんは落語家になればよかったのに」と歌子は言うのだが、贋作の寅次郎を演じる桂雀々は、本業が落語家である。本物の寅次郎を演じた渥美清が、的屋の口上に長けていたのも、若い頃に的屋をやっていたからである。
 歌子の悩みは、小説家の父が歌子の結婚に反対していること、結婚したらお茶も入れられない偏屈な父が、一人取り残されてしまうということである。そんな悩みも知らない寅次郎は、歌子が遊びに来てくれないので、二階にこもったままため息ばかりついている。そのさまをおちょくったタコ社長と、寅次郎の取っ組み合いが始まり、本物の名場面が再現される。
 本物と同じように、寅次郎は歌子の父に会いに行く。大喧嘩して憂さ晴らしに酒を飲んで帰ると、歌子が昼間の父の無礼を許してくれと、「くるまや」を訪ねてきたと知らされる。余りに悲しそうな歌子を、さくらが自宅に連れていったと聞いた寅次郎は、自分の前で話せないのは、自分が歌子の恋の当事者だからだと思い込む。
 ただ、五十分の枠の中なので、粗筋ですっ飛ばすように、物語は決着する。寅次郎は歌子の結婚したい相手が自分ではないことを知る。歌子の結婚を許した小説家の父が、寅次郎に礼を言うために、「くるまや」にやってくる。戻ってきた寅次郎が、歌子の父と石切神社に参拝するという流れである。
 まあ、「柴又慕情」のパロディーなんだから、本物を見ていない視聴者には、話の展開が早すぎるし、そうした視聴者を対象には、もともと作られていないということだろう。(つづく)


「青空文庫」の作家、高野敦志の世界
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posted by 高野敦志 at 01:01| Comment(0) | 文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする