2020年01月13日

第五十作「男はつらいよ お帰り寅さん」

 第四十九作「男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花 特別編」から二十三年の歳月を経て、第五十作が封切りされた。寅さんのファンには、懐かしい人々との再会であり、鬼才による名場面の数々が、物語の随所にちりばめられている。僕と違って全作を見ていなくても、さくらと博の結婚、寅次郎とリリーの同棲、満男と泉の恋を描いた各作品ぐらいは見ておいた方が、より内容を楽しめるだろう。
 葛飾柴又の団子屋「とらや(くるまや)」は、喫茶店に模様替えされているが、座敷など屋敷の間取りはかつてのままである。満男の亡妻の法事が営まれ、題経寺の住職、現在の御前様が読経している。笹野高史は『贋作 男はつらいよ』でも、法恩寺の住職を演じている。
 仏壇にはおいちゃん、おばちゃんの遺影が飾られている。おいちゃんを演じた森川信、松村達雄、下條正巳、おばちゃんの三崎千恵子もすべて鬼籍に入った。主人公の車寅次郎も亡くなっているらしいことは、第四十九作の満男の言葉で暗示されているが、ドラマの上では明示されていない。トリックスターの車寅次郎は、絶世の貴公子光源氏と同じく、死は語られないのだろう。心の中では生き続けているからこそ、「お帰り寅さん」と言えるわけだ。
 名場面が差しはさまれたメインストーリーは、満男と泉の後日譚である。山田洋次監督の当初の計画では、「男はつらいよ」のシリーズは、満男と泉の結婚、それに続く寅次郎の死で締めくくられるはずだった。ところが、寅次郎を演じた渥美清の死により、物語は中絶した形になっていた。山田監督にしてみれば、満男と泉の再会によって、「男はつらいよ」のシリーズを完結させたということなのだろう。
 小説家となった満男は、高校生の娘を持つが、すでに妻を亡くしている。海外で国連の仕事をする泉も既婚で子供もおり、数日後には家族の住む第二の故国に帰らなければならない。満男と泉の別れの場面は、かつては東京駅の新幹線ホームだった。今回は空港という設定である。別れ際に満男は妻を亡くしたことを泉に語る。かつての恋人は結ばれることなく、キスをして別れることになる。
 今回の作品では、第一作以来のすべての作品の間に流れた時間を、演じた俳優とともに、観客も感じることになる。懐かしい名場面の多くは、昭和の終わりから平成の初めにかけて、日本がまだ豊かで、人情があふれていた時代を舞台にしている。素晴らしい体験というものは、若い頃から働き盛りの頃にするものだと、改めて感じた。
 初老の時が近づいた満男にとって、豊かな人生経験の多くは過去の出来事であるが、それを心の財産としてとらえるには、長い歳月の流れが必要だった。それを表現できる年になった満男が、小説家として登場したことは偶然ではない。


「青空文庫」の作家、高野敦志の世界
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posted by 高野敦志 at 00:00| Comment(0) | 文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする