2020年01月10日

森常治先生のこと

 早稲田大学第一文学部に入った僕は、文学科文芸専修に進んだ。実は、論文が書けない連中の救済のために作られたコースらしいのだが。その頃の僕は、フランスのヌーヴォー・ロマン(新しい小説)にかぶれていた。日本語に翻訳困難な原文は、直訳に近い形で訳すしかないようだ。日本語らしくない日本語ばかり読んでいたせいで、自分自身の文体を探ることすらできずにいた。
 四年生になって、創作と評論の授業を選択することになった。大半は創作の授業を取り、評論を選択したのは十人ほどの学生だった。僕は自分の陥っていた迷路から抜け出すには、評論の授業で作品の構造を分析する方が大切だと感じていた。その授業を担当したのが森常治先生だった。
 文学理論家ケネス・バークの研究者、翻訳者で、アメリカの大学でも教えた経験があり、当時は理工学部の教授であることぐらいしか知らなかった。とても物腰の柔らかい先生で、権威を笠に着るタイプとは対照的であり、常に学生の目線で話をされていた。教師と学生という違いはあっても、議論するときは対等であるという姿勢を貫かれた。
 授業で扱ったのは、村上春樹の『風の歌を聴け』高橋たか子の『誘惑者』中上健次の『枯木灘』などだった。自殺を扱った『誘惑者』の心理描写は圧倒的で、ぐいぐい引きつけられた。中上健次の描く複雑な人間関係は、クラスの学生の理解を超えていた。
「君たちの意見を聞いていると、中上健次もおちおちしていられないっていうことだね」とおっしゃった。
 最後に課されたレポートは、自分自身の文学論を提示せよというもので、文学にとって何が重要かという問題を探究するきっかけとなった。その中で僕は、綿密に組み立てられたテキストから、いかに過剰なものを描き出すかということを、ラヴェルの音楽を例に出して論じた。
 先生は何度か、文学の研究会に参加するように誘ってくださった。そこには大学の先生も加わっているが、学生だからといって軽く見るような人はいない、ともおっしゃっていた。僕は興味は持っていたのだが、物怖じしてついに参加しなかった。もし勇気を出して参加していれば、どれだけのことが得られたことだろう。
 自分が教師の立場になった感じたことは、熱心な学生に問いかけられることが、教師にとってはとてもうれしいということだ。だから、もしあなたがまだ若かったら、そうした機会を逃さずに、教師に問いかけていってほしいということだ。
 後年知ったのは、森常治先生が文豪森鴎外のお孫さんだということだ。若い頃は小説家を目指して、丹羽文雄に師事したということ、『文学記号の空間』で第15回平林たい子文学賞を受賞したということだ。いつかまたお目にかかりたいと思いながら、三十年以上の月日が経ってしまった。それを果たせぬまま、森常治先生は2015年(平成27)に鬼籍に入られた。

「青空文庫」の作家、高野敦志の世界
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posted by 高野敦志 at 01:54| Comment(0) | 文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ネルヴァル Nervalの「緑の怪物」(pdf)

 19世紀フランスの狂気の詩人、ジェラール・ド・ネルヴァルの短編「緑の怪物」を新訳でお送りします。夢と現実の間をさまよいながら、シュルレアリスムの先駆的作品を生み出し、20世紀になってから再評価されたネルヴァルですが、今回紹介するのは、ネルヴァルの狂気の側面がうかがえる怪談です。
 作中には多数の固有名詞が出てきますが、余り気にせずに読み進めて下さい。注釈は最低限にとどめました。今回はパソコンですぐに開けるpdf版です。Adobe Acrobat Readerの「フルスクリーンモード」だと、バーチャルな書籍がモニターに再現されます。
 以前、「緑の怪物」の要約をブログに載せましたが、今回はガリマール社版の『ネルヴァル全集』第3巻を用いて全訳しました。なお、筑摩書房の『ネルヴァル全集』第4巻には、中村真一郎訳の「緑の怪物」が収録されています。
(注、ジェラール・ド・ネルヴァルをフランス語で表記すると、Gerard de NervalのGerardは、本来ならeにアクサン・テギュ accent aiguが付きますが、文字化けが発生するため、アクセント記号は省いてあります。)

 以下のリンクから、拙訳をダウンロードして下さい。
lemonstrevert.pdf

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