2020年01月02日

上坂信男先生のこと

 僕が早稲田大学に入学したのは、1980年代初頭のことである。高校になってようやく自発的に勉強を始めた自分は、予備校で一年間猛勉強して、運良く合格することができたのだった。小学校時代から塾通いしてきて、秀才みたいに思われてきた連中とは、別世界の人間だと思い込んでいた。
 当時、第一文学部に入学しても、一年の間は専攻が決まらなかった。成績いかんによっては、希望の専攻に進むことすらできなかった。それどころか、一年生のクラスには、何を勉強したいか分からず、ただ早稲田に入学することだけを目標にして、第一文学部しか合格しなかった学生も少なからずいた。
 その時のクラス担任が、上坂信男先生だった。『源氏物語』の研究者で、必須だった「国語」の授業では『源氏物語』を、選択科目の「文学」の授業では井上靖の『天平の甍』や『補陀落渡海記』について教えてくださった。
 最初のガイダンスの時、僕は「レベルの低い高校から来ましたが、よろしくお願いします」と自己紹介した。何と屈折した卑屈な人間だったことだろう。出身高校や大学など、大して意味がない。その人間がどんな人生を送ってきたかが重要であるのに。
「そんなこと言っていいのかな」
 上坂先生は諭された。自分の愚かしさに、はたと気づいた。三十年以上経った今でも、恥ずかしさは忘れられない。
 文芸専修に進んでからは、僕はフランス文学の授業を取るようになったから、上坂先生のお世話になることはなかった。先生の言葉で大きな影響を受けたのは、本を読むときは「あとがき」から先に読んではならないという教えである。まず、自分自身で読んで、自分なりに作品の意味を考えていく。その積み重ねが自身の思索の網を広げていくことになる。
 自分で考えることの大切さは、すぐにネットで検索して答えを求めようとする現代の風潮の中で、見失われつつあると思う。本を読んで考えたことをノートに書くこと。本の中に書かれたことの一部しか理解していないかもしれないし、直接は書かれていないことから連想したことでも、ノートに書かれたことは紛れもなく、その時点での自分自身の思索の痕跡だった。
 上坂信男先生は、早稲田大学、共立女子大学などで教鞭を執られ、 2018年(平成30年)に亡くなられた。


「青空文庫」の作家、高野敦志の世界
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posted by 高野敦志 at 01:54| Comment(0) | 文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする