2019年11月10日

大友克洋の『AKIRA』が示唆するもの

 2020年の東京オリンピックは、注目のマラソン競技が札幌開催になった。トライアスロンを、下水が流入する東京湾で行うことも、選手の健康を考えれば避けるべきである。デザインの変更で社会を騒がせた国立競技場では、地下から多数の人骨が発見された。さらに、相次ぐ台風被害で疲弊した日本社会に、オリンピックを行う余力があるかも疑問視されている。
 そんな中、2020年の東京オリンピックを予言していたとして、大友克洋の漫画『AKIRA』が注目されている。今回僕が見たのは、1988年に制作されたアニメ作品で、監督も原作者の大友克洋である。ただ、映像化されたのは原作のごく一部なので、映像作品から得られる印象は、別個のものと考えるべきだろう。
 描かれているのは、オリンピックを翌年に控えた2019年の東京。風俗を見る限りでは、バブル崩壊前夜の東京の姿である。その頃青春時代を過ごした僕には、懐かしい雰囲気がある。陽気で大胆、ど派手な若者。生徒を殴るのなんか日常茶飯事だった教師、権力は敵だと考えていた世代で、現在のように従順で保守的な若者は少なかった。
 暴走族の島鉄雄は交通事故をきっかけに、超能力に目覚めてしまう。AKIRAに象徴される危険な力が、鉄雄の中で胎動を始める。それは核エネルギーに匹敵する暴力的な力である。ただ、超能力そのものは各自が持っているもので、文化がそれを封印しているのである。
 宇宙がホログラムだとしたら、部分である個人の中に全体の構造が含まれることになる。それを善用すれば、文化文明を発展させられるが、扱い方を知らずに発現させてしまうと、とてつもない災厄をもたらすことになる。鉄雄は東京を破壊し、ついにビッグバンによって新たな宇宙を創造してしまう。破天荒というか、ぶっ飛んだ内容である。


「青空文庫」の作家、高野敦志の世界
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posted by 高野敦志 at 12:41| Comment(0) | 文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする