2019年09月07日

ぼくがイヌ派だった頃(23)

 休みの日には、普段と違う道を散歩に連れていった。大五郎は電柱に差しかかるたびに、小便をかけていく。出す小便がなくなって、ちびりちびりしか出なくなる。これはなわばりの主張であるとともに、自分のうちに帰るために、臭いの跡を残すことでもあるのだ。グリム童話のヘンゼルが、白い石を落としていったように。
 昔の日本人は無頓着で、通りに犬の糞を平気で放置していた。少しまともなら、シャベルを持って行き、道ばたに埋めていた。ただ、舗装された道ばかりでは、糞を埋めるところもないから、ビニール袋で持ち帰るようになった。一方、小便の方は犬の本能だから、やめさせるわけにもいかない。人間の方は立ち小便することが、随分少なくなってはきたが。
 あるとき、僕は肉屋の前を、大五郎を連れて散歩していた。壁には大きな鏡があり、そこに写った犬の姿を、大五郎は他の犬と思ったのだろう。リードを引っ張っても、くんくん鼻先を近づけて、相手の臭いをかぎ取ろうとする。
「変な野郎だ。何でこの犬、俺と同じ臭いしてるんだ」とでも言いたいんだろう。これが猫の場合だったら、鏡の中の自分に猫パンチを食らわせてるところだろう。(つづく)


「青空文庫」の作家、高野敦志の世界
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posted by 高野敦志 at 04:18| Comment(0) | 文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする