2019年06月26日

高村光太郎の『智恵子抄』

 高村光太郎は彫刻家、詩人として知られる。「僕の前に道はない 僕の後ろに道は出来る ああ、自然よ 父よ」で始まる「道程」という詩の作者である。ここでは「自然」を「父」と呼んでいるわけだが、実の父、高村光雲の影も重なっているのではないか。
 高村光雲は幕末の生まれで、仏師高村東雲に弟子入し、高村姓を継ぐことになる。高村光雲が江戸の職人の気質を受け継いでいたのに対し、光太郎は父の期待を受けてアメリカに留学したが、帰国後は彫刻に専念することなく、詩作に力を注ぎ、父の作ってくれたアトリエで、画家志望の智恵子と二人だけの生活にこもる。
 期待を裏切ることに罪悪感を抱きながらも、自身の信じる道を進むしかなかった。それを受け容れてくれた父の懐の大きさにも、感謝していたのだろう。光太郎は現代人の意識を持っていたわけで、わずか一世代の差が、どうしてこれほどの変化をもたらしたのか。留学が大きな転機となったに違いない。
 芸術家の夫婦は、制作に専念すると、一切の家事を放棄する。作品が売れないときは、質屋通いとなる。結果的に、妻の智恵子が制作の時間を削って家事をすることになる。二本松の裕福な家で育った智恵子にとって、東京での貧乏暮らし、濁った青空での生活も、苦痛だったのだろう。故郷に戻ると元気を取り戻していたが、実家の破産で帰るところも失った。
 ついに、智恵子は服毒自殺を図り、一時は回復したものの、精神分裂症、今で言う統合失調症を発症する。妻を狂わしてしまった罪悪感に苛まれる一方、精神の安定を失いながらも、色紙で切り絵を作る智恵子の姿に、芸術家としての精神を見いだす。
 智恵子の死は、一時、光太郎から作品を生み出す意欲を奪ったが、智恵子が生活とともにあると感じられて、創作に励むようになる。自己の不幸を昇華させたことで、光太郎は詩人として大成していったのである。


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posted by 高野敦志 at 01:57| Comment(0) | 文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

青海の白い雲(ePub)

 チベット旅行記『懐かしのチベット』の続篇です。2000年(平成12)の夏に、チベット人が居住する青海省から甘粛省にかけて旅した記録です。今回は日本人は僕一人で、中国人のガイドと運転手の三人で行動しました。『青海の白い雲』と名づけることとし、エッセイ「チベット人との語らい」を加えました。
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