2019年06月09日

岩合光昭の「ねこづくし」(3)

 島の猫は自然に任されている。繁殖や子育ても、妨害されることはない。海辺でのんびり過ごし、木に登って小鳥や虫をつかまえる。人が通ると顔色を見て、餌をねだり、漁で捕ったばかりの魚をもらう。
 猫は人のそばに腰を下ろし、人の様子を観察している。好きな相手だと、甘えたような声で鳴く。鳴いても相手にされないと、体をすりつけてアピールする。えさがもらえたら、好きなところに行ってしまう。身勝手なように見えるが、猫は猫自身の欲求で動いている。だから、見ていて面白いのだ。
 岩合氏は野良猫という言葉を好まない。野良なんて言うと、人間でたとえるなら、ホームレスみたいだからだろう。岩合氏は自由猫という言葉を用いている。猫にとって理想的な暮らしは、天気のいい日は屋外で過ごし、えさや水はもらって、雨の日や夜は、家の中で過ごすというものだ。野生を残しながら、人と共生するには、それが一番いい。
 猫は人の様子を観察することで、身を守っている、えさをくれると見れば、すぐに心の一部を開いてくれる。カメラを構える人の気持ちまで、察してくれることがある。岩合氏の写真で笑ってしまったのは、沖縄で撮影された一枚。家の守り神シーサー(獅子)は、コミカルな表情で、大きな舌を口から覗かせている。並んでいた猫は、シーサーの横で、シーサーと同じポーズを取り、口から舌を覗かせている。


「青空文庫」の作家、高野敦志の世界
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posted by 高野敦志 at 03:41| Comment(0) | 文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする