2019年02月13日

阿蘇から高千穂峡へ(7)

 天岩戸駅が見えてきた。前方の高架橋の手前に金網が張ってあり、これ以上は進めないようになっている。それを見て改めて、高千穂鉄道は廃止されたんだと感じた。スーパーカートは、かつての駅で停止した。運転手の男性が、ホームに上がってくださいと言った。
 高千穂橋梁は錆びていた。駅の入口はふさがれ、看板も薄汚れて、まさしく廃墟のようになっていた。十五年ほど前のこと、谷底にあるユースホステルに泊まった。ホームからペアレントのおばさんに、着いたよと叫んだことを思い出した。
「目輝かせてるけど、うれしそうだね」
 僕はかつての出来事を、早口で友人に話した。東洋一の高さを誇る鉄橋から、谷を見下ろしたり、下から天上を進む列車を仰いだりしたことなどを。その鉄橋も錆び果てて、本物の気動車が走ったら、車両の重みに耐えられるか心もとない。
 余りの変わりように、もの悲しい気分になってしまった。このように放置されてるということは、高千穂鉄道が復活することはないのだろう。ただ、現在では、風が強くない日に限って、スーパーカートで橋の上まで移動できるらしいが。川底を見下ろしてはじめて、東洋一の高さは実感できるのだから。
 職員に促されて、僕らは車両に乗り込んだ。元来た線路を、スピードを上げて逆行していく。最初に得られた感動は、すでに失われていた。以前に乗った天岩戸〜延岡間に加えて、これで高千穂鉄道を走破したというわけだ、全線が廃止されてようやく。(つづく)


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2019年02月12日

阿蘇から高千穂峡へ(6)

 誰が運転するのか、料金が片道なのか往復なのかも分からない。受付の女性に訊いてみると、運転は男性の職員が行い、料金は入場料込みの往復で八百円だそうだ。
 トロッコを改造したスーパーカートは、簡易座席がつけられているだけで、線路から数十センチの高さしかない。こんな低い高さで普通の線路を走るのは初めてである。
 エンジンがかかって煙が出る。いよいよ出発だ。先頭にカメラを据えて、ビデオで撮影することにした。予想していたより速い。かなりスピードが出て、まともに風を浴びている。エンジンの振動が足に伝わって、マッサージされてるみたいだ。雑草が生い茂った上を、車体は駆け抜けていく。二人とも童心に戻って、思わず叫び声を上げてしまう。
 トンネルに入ると、国鉄時代に掘られたものなので、明かりがないだけでなく、地下水が降りかかってくる。真っ暗な中をエンジン音を響かせて進む。探検家にでもなった気分である。一駅間といっても、片道十分近くかかった。(つづく)


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2019年02月11日

文章の難易度について

 テーマや形式を自由にして、大学生に文章を書かせると、エッセイやショートショート、意見文、批評など、実にさまざまな物を書いてくる。出来映えは人それぞれだが、本当に上手なのはごく一部で、性別は関係がない。ただ、一般的傾向としては、女性の方がいいものを書いてくる。
 理由としては、女性の方が感覚に即したことを、自然に言葉で表現しているからである。男性の方は理屈にばかり目をとらわれ、難解な語や雅語を用いることが、優れた文章の条件だと誤解している。
 文章の中で書きやすいのは、意見文や批評である。なぜなら、書く対象がはっきりしているからで、何が重要であるか、初心者でもとらえやすいためである。論理の筋が通っていれば、誰にでも理解してもらいやすい。
 エッセイでは文章の味わいが問題となるから、その人が自分の言葉で表現しているか、自分の思いをどこまで言葉にするか、また暗示するにとどめるかといった微妙な具合が、文章の質を左右する。
 ショートショートの短編小説は、もっとも難易度が高い。それでも、自分の体験に則して、わずかにフィクションの衣をかぶせて、感覚に訴えるような文章が書ければいいのだが。多くの学生は気負ってしまい、自分のよく知らない絵空事を書こうとするから、表面をなぞるだけで、粗筋をつづるだけで、それで良しとしてしまう。たとえ頭の中で素晴らしい空想世界が展開していても、それを読み手に伝えるすべを知らないのである。
 ひどいのになると、ゲームのように場面や会話を羅列するだけで、書いた本人も良いとは思っていないだろう。授業で教わったことが、全く活かされていないのである。


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