2019年02月28日

函館本線の謎

 北海道新幹線が新青森から新函館北斗まで開通し、津軽海峡線は暫定的な使命を終えた。ただ、新函館北斗駅は函館市街から離れ、不便だという声が聞かれる。北海道新幹線は将来、札幌や旭川までの開通を目指しているから、函館市街に新幹線の駅を作るには、秋田新幹線のようにスイッチバックせざるを得ない。それに、函館市街に駅を作ると、札幌までの距離が遠くなり、競合する飛行機に対して不利なため、北斗市内に駅を作ることになったのだろう。
 北海道新幹線は新函館北斗の先に、新八雲、長万部、倶知安、新小樽、札幌というコースで敷設される。函館本線と併行する路線が計画されており、札幌まで新幹線が開通すれば、函館本線はJR北海道から分離され、第三セクターの路線となることだろう。
 そこで、まず浮かぶ疑問は、函館、札幌間を短距離で結ぶには、長万部から倶知安、小樽とたどるコースが最適なのに、現在、函館〜札幌間の特急列車は、なぜ室蘭本線経由の遠回りになっているかという点である。その理由としては、長万部〜小樽間は、急勾配と急カーブが続くため、高速で走行するのが容易ではないということ、室蘭本線経由だと、洞爺湖や登別温泉などの観光地を通り、室蘭、苫小牧などの人口密集地域や、新千歳空港に接続することが挙げられる。新幹線は多数のトンネルで最短距離を走ることで、急勾配や急カーブを克服し、飛行機との競争を有利に運ぼうとしているというわけだ。
 次に、函館本線には砂原支線という迂回ルートと、藤代支線という短距離ルートが存在する。砂原支線は大沼から駒ヶ岳の東側を海岸線に沿って進む。一方。藤代支線は七飯から大沼までを高架とトンネルで結ぶ。ともに本線の勾配が急なためである。かつては函館発の下りは藤代支線と砂原支線を通り、上りは大沼公園や仁山を経由する本線を通っていた。
 気動車の馬力が上がったことで、大沼〜森間はすべて本線を走るようになり、砂原支線はローカル線となった。一方、藤代支線は特急や貨物の下りが通り、上りは本線を通っていたが、北海道新幹線の開通にともない、本線の渡島大野駅が新函館北斗駅と改称され、特急列車に関しては、下り線の上り坂も本線を通って新函館北斗駅に接続するようになった。


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2019年02月26日

能古島ってどこの島?(3)

 外海の方に見えるのは、玄界島である。この島は半農半漁で、かつては福岡藩の流刑地だった。段々畑が広がるものの、道路は海岸沿いに延びるばかりで、島の中央は森林に占められている。以前、志賀島を訪れた際、夕闇が迫りつつある中、灯台の光が残照の玄界灘にともり出したのを覚えている。
 さて、展望台を出た後は、アイランドパークに寄ることもなく、午後三時の船で能古島を後にしたのだった。海水浴をするには水が冷たく、ブラックバイトに追われる学生は、キャンプをする余裕もない。島を歩いていても、ほとんど人影が見当たらない。九月の能古島は、観光とは縁遠い島だった。

 その日の夕方、市街地に戻った僕は友人に別れを告げて、午後八時の飛行機で福岡空港から帰郷した。


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2019年02月24日

「日本語教師の資格化」について

 日本語教師の資格化については、日本語教育能力検定試験に代わるものが考えられているのだろうか。そもそも、日本語教育能力検定試験に関しては、当初は文部大臣認定だったはずである。いつの間にか認定が外れて、民間の資格試験となっている。しかしながら、日本語文法、語用論、音声学、日本語史、比較言語学、音声学、教材研究など、多岐にわたる出題がされており、新たに作られる資格が国家試験となっても、出題の質は大きく変わることがないと思われる。
 30年にわたって日本語教育能力検定試験合格が日本語教師に必須の資格とされ、それに基づいて日本語教育の現場で働く教師の立場を考慮すれば、たとえ新規に国家試験のようなものが設定されても、日本語教育能力検定試験の合格者は、国家試験の合格者に準じる資格を持つ者として認められるべきである。
 現在、日本語教育の現場では、若手の教師が圧倒的に不足している。その現状を考えるなら、日本語教育の資格化で、長年現場で教えてきた教師の資格を剥奪して、新規の国家試験受験を義務化したりすれば、大きな混乱を招くだけで、日本語教師不足を危機的な状況に陥らせるものと思われる。


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