2018年12月25日

フクシマから来たウサギ(5)

 薬は効かなくなっていた。黒いウサギは動けなくなり、ほとんど餌を食べなくなった。それが衰弱に拍車をかけた。あえぐウサギを抱きながら、女性は涙を流した。
「もう頑張らなくていいから」
 苦しむ我が子を見ていられない叫びだった。ところで、女性には喘息を病む兄がいた。いくら苦しくても、物を食べることはできたから、注射器を使ってすり下ろしたリンゴを、ウサギに呑ましてみるように言った。
「こんなに苦しんでいるのに?」
 絶句した女性は、半信半疑ながらも、ウサギの口にリンゴの汁を流し込んだ。その途端、ウサギのおなかがグウとなった。腹が空いていたから、薬が効かなくなっていたのかもしれない。
 それから、ウサギの病状は回復に向かい、苦しげなあえぎも聞こえなくなり、自分で香菜を食べるほどになった。以前見られたように、口許を活発に動かして、葉を頬張るさまを、女性は喜んでビデオに収めた。
 翌日の夕方、命の時計が鐘を鳴らした。にわかに病状が悪化し、口を開いてあえいでいる。あいにくその日は休診日で、ウサギを獣医のもとにつれて行くことはできなかった。ウサギは大きく目を見開いた。残された時間が数分であるのをようやく悟った。女性が部屋を出るのを見届けると、大きく息を吸い、ゆっくり目を閉じた。


「青空文庫」の作家、高野敦志の世界
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posted by 高野敦志 at 01:54| Comment(0) | 文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする