2018年12月12日

余りの寒さに葡萄も冬眠?(1)

 北海道はかつて、縦横無尽に線路が延びる大地だった。鉄道によって開拓が進められたといってもいい。国鉄時代に張り巡らされた路線も、JR発足前後に三分の二が廃止されてしまった。名寄本線や羽幌線、天北線など、百キロを超える長大な路線も姿を消した。ほどなく、留萌本線の全線、日高本線の大半、根室本線や札沼線の一部も姿を消すことだろう。
 ただ、北海道に走っていたのは、国鉄だけではなかった。今は姿を消した私鉄、軽便鉄道、鉱山鉄道や森林鉄道、馬車鉄道など、知る人も少ない路線があったのだ。それについては、以下のページ(http://pyoco3.c.ooco.jp/hokkaido/hokkaido-d.html)をご覧になるといい。
 さて、その夜泊まったホテルも、廃線跡地に建てられていた。路線を走らせていたのは十勝鉄道。甜菜の輸送および通勤の足として活躍した。5つの路線、計60数キロにも及ぶ線路が帯広市や上川郡清水町に伸びていた。
 朝食を終えてチェックアウトすると、ホテルに近い、日産の敷地横に展示された十勝鉄道の蒸気機関車と客車を見た。屋根の下にあるので、ビニールシートはかけられていない。機関車も客車も小さいから、軽便鉄道だったことが分かる。それでも、客車を数両連結して、多くの工場労働者を運んだ。自家用車の普及とともに、1959年(昭和34)に旅客輸送をやめ、2012年(平成24)に貨物輸送も廃止された。(つづく)


「青空文庫」の作家、高野敦志の世界
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posted by 高野敦志 at 03:18| Comment(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする